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第2回 金持ち❝なのに❞ではなく、金持ち❝だから❞優しい。 「パラサイト 半地下の家族」 (橋本嘉代)

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新型コロナウイルス対策で「家から出ないこと」が推奨され、家族と過ごす時間が増えた方も多いかと思います。命にかかわる事態とはいえ、国や自治体の方針が家庭に与える影響の大きさを実感せずにはいられない今日この頃です。
今回は、家庭を舞台とし、主な登場人物は家族でありながら、そこに社会的な問題が映し出されている映画やドラマを紹介します。

いま公開中なので、ぜひ映画館で! ・・・・・・とお勧めできないのが残念ですが、やはり外せないのは『パラサイト 半地下の家族』。韓国・ソウルに住む貧しいキム一家が身分を偽って富裕層のパク家に入り込み、寄生(パラサイト)しながら巻き起こすドタバタ劇です。高台の高級住宅街にある豪邸と、下水道よりも低い位置にある半地下のアパートが対比的に描かれており、物理的な高低差や画面の明暗差は、そのまま貧富の差を反映しています。

(以下、ネタバレしないように注意して書いていますが、予備知識ナシでこれから観たい方は、鑑賞後にお読みください)

パク氏はIT企業の社長で、キム一家全員を雇える財力がありますが、家のことを妻に任せています。パク夫人は若くて美しく、家事が苦手なので住み込みの家政婦を雇っています。キム家の人々の潜入を可能にした要因として「彼女はシンプル」とキム家の人に評されるパク夫人の脇の甘さがあり、それも富裕層ならではの特性として描かれています。雇い主の悪口にならないように「シンプル」と言うものの、「単純」「チョロい」とナメている部分もあり、彼女の甘さにつけ込むキム家の兄妹のずる賢さにヒヤリとします。
キム家の父はパク夫人を「金持ちなのに優しい」と褒めますが、彼の妻は「金持ち❝なのに❞優しいのではなく、金持ち❝だから❞優しいのよ」と反論します。他人を疑ったり欺いたり妬むことをせず純粋に生きてこられた人々への羨望や「貧すれば鈍する」状況への自虐が混じった印象的な台詞でした。

韓流ドラマでも、貧しいヒロインが御曹司に見初められ・・・・・・というストーリーはありがちで、貧富の差は、出生の秘密、難病、記憶喪失、交通事故、留学などと並ぶお決まりの設定でした。ポン・ジュノ監督も、貧富の差というテーマ自体は「100年以上前から描かれている普遍的なテーマ」とインタビューで語っています。そこに新しい要素としてジュノ監督が加えたのは、「未来への悲観」や「不安」「恐怖」を描くことでした。
貧しくも心の美しいヒロインvsお金持ちの意地悪な敵役、という善悪の単純な図式でなく「金持ち❝だから❞優しい」という物心両面での敗北を認める台詞をキム家の母に語らせたのは、残酷です。しかし、将来に対する不安や恐怖は誰もが潜在的に持っているため、知恵が回り行動力もあるキム一家が追い込まれ、生存のために「寄生」という荒唐無稽な選択をしたことも、どこか他人事とは思えず応援したくなってしまうのです。

パク氏はやり手のIT社長なのでボーッとはしておらず、息子は父に似たのか勘が鋭い子です。しかし、パク家の長女は母譲りの天真爛漫な性格で、家庭教師とすぐに恋仲になってしまうし、幼い弟がニオイで察知した富裕層と貧困層との違いにも気づいていません。社会に貧しい人々が存在することすら自覚せず、富裕層コミュニティの枠内で生きてきて、何事もなければ一生そのまま裕福に生きていくのだろうと思わせるザ・お嬢様です。
一方、キム家の父は何度も事業に失敗したことから「計画しなければ予定外のこともない」と言い、絶望しないために希望を持たないことが得策である、と息子に勧めています。受験に失敗し、学歴社会で這い上がれずにいる息子に教える処世術としてはネガティブ過ぎますが、父の心が折れ、希望や意欲を失ってしまったことが、この一家を半地下暮らしに至らせた元凶なのだろうと思わせます。しかし、完全に絶望していたわけでもないようで、鬱屈したエネルギーが暴発する場面もあり、そこは見どころの一つです。

2月にT・ジョイ博多で観ましたが、大雨が降っている場面では雨粒が屋根にぶつかっているような音が聞こえてきて、思わず上を見上げてしまったほどです。大ヒットが見込まれていましたが、公開中にコロナ問題が起こり、映画館に足を運ぶことが難しくなってしまいました。音響設備が整った映画館でこの映画の魅力を楽しめる日が早く来ることを願っています。

チケット

「パラサイト 半地下の家族」
2020年1月公開
監督・脚本/ポン・ジュノ
劇場情報

【著者プロフィール】
橋本嘉代 (はしもと・かよ)
筑紫女学園大学現代社会学部准教授。1969 年、長崎県佐世保市生まれ。
上智大学文学部新聞学科を卒業後、集英社に入社。女性誌編集に携わる。退職後、ウェブマガジンのプロデューサーやフリー編集者などを経て、2014 年から大学教員に。立教大学大学院で修士号(社会学)、お茶の水女子大学大学院で博士号(社会科学)を取得。専門はメディアとジェンダー。
共著に『雑誌メディアの文化史―変貌する戦後パラダイム』(森話社、2012)など。著書『なぜいま家族のストーリーが求められるのか』(書肆侃侃房)

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