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第7回 ベタ踏み坂は本当にベタ踏むのか(半田カメラ)

新型コロナウイルスにより大変な思いをしていらっしゃる方、日々の生活が一変してしまった方も多いと思います。私も未修学児をかかえながら仕事をする身ですので、ここ1ヶ月はいつも以上にハードな日々を送っています。

今回はこれまでと少し形が違いますが、自宅待機の日々で気付いたあることが、「巨なるもの」を観に行った際に経験した現象と重なったので、そのことを書こうと思います。コロナの猛威に対抗する知恵を得られるようなコラムではありませんが、皆さまの自宅待機の暇つぶしにでもなれば幸いです。

さて、時は4月半ば。感染者が右肩上がりで伸び続け、東京では都知事が声高に「ステイホーム」と言っていたちょうどその頃。ネット上のある写真が話題になりました。都内某所の商店街に人が大勢出ているという写真です。「自宅待機が叫ばれる中、東京はこんなにも人が出ているのか!」と、この写真により一時ネット上に批判が溢れました。ですが私は思いました。ちょっと待て、この写真を鵜吞みにしてはいかんぞ、と。

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ネット上に上がった写真はこんなものでした。(まったく同じものではなく、ほぼ同じシチュエーションの別の場所で私が撮影したものです)商店街に人がごった返しているように見えるこの写真。一見すると「コロナ禍にこんなに密集して、どんだけ危機感ないんだ!」と思いますよね。ですが、同じ場所を50ミリの標準レンズ(一般的に見た目に近い画角と言われるレンズ)で撮影するとこうなります。

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人は出ているものの、そこまで密集している印象は受けませんよね。2枚の写真は同じ場所でほぼ同時刻に撮影したものなのです。最初の写真は望遠レンズと言われる、遠くのものを大きく撮影したいときに使用するレンズ、300ミリを使用。そして2枚目は50ミリの標準レンズを使用。同じ時間、同じ場所から撮っても、使用するレンズによって人が受ける印象は大きく変わるということがお解りいただけると思います。

つまりネットで「密だ!」と騒がれた写真は、より密に見えるよう狙って撮られた写真だったのです。何のためにそんなことをするのか、ここでそれは問いません。どうしてそんなに違って見えるのかをご説明します。

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カメラの専門誌では、このような効果を「望遠レンズの圧縮効果」と説明しています。右の写真のようにギュッと人が詰まって見える写真は、左の写真の赤枠の部分を切り取ったのと同じこと。本来小さく写るはずの遠くにあるものが大きく写ることで、グッと手前に寄ってくるような、遠近の距離の圧縮を感じさせる写真になるのです。それにより人間の目とは違った、写真ならではの効果を得ることができます。

この説明ではいまいちピンとこないと思うので、例を挙げてご説明しましょう。そこで出てくるのが「巨なるもの」。今回は「橋」です。

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鳥取県と島根県の県境に架かる全長1.7kmの橋、江島大橋。現地にあるこの橋を説明する看板には「ベタ踏み坂 江島大橋 PCラーメン構造の橋では日本一の長さ!!」と大きく書かれています。引っかかる箇所が多すぎる看板です。PCラーメン構造?かなり引っかかるワードですが、これは専門用語でここでは重要ではありません。重要なのは「ベタ踏み坂」という部分。この坂、ある場所から見るとまるで壁のような、45度はあるのではないかという急角度で、アクセルをベタ踏まないと登れない坂、と言われているのです。

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実際にこの江島大橋を鳥取県側から車で渡ってみます。距離は長いですが、緩やかな登り坂がつづくという感じで、アクセルをベタ踏むということはありません。ちなみにこの時乗っていた車は軽自動車で、車の馬力が特別あるというわけではありません。念のため付け加えます。

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坂を登り切り、橋の頂上を越え、島根県側に入ります。ベタ踏み坂と呼ばれるのはこの下り坂の部分なのですが、前方に美しい景色の広がる穏やかな下り坂という感じ。聞いていたまるで45度あるのではという急角度を下っているような感覚は、正直ありませんでした。

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坂を下ったすぐ下から坂を撮影してみます。確かに急な坂道に見えますが、聞いていたほどの壁のような特別な急勾配という感じではないです。距離は長いですけど、普通の坂道ですよね。どういうことなんでしょう。もう少し坂から離れてみましょうか。

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江島大橋があるのは江島という小さな島ですから、坂から離れようと思っても海にぶつかってしまい、距離をとることができません。最大に距離をとれる道の突き当たりから撮影するとこんな感じ。あれ?さっきの写真より急勾配に見えるような……そうです、江島大橋がベタ踏み坂に見えるためにはもっともっと坂との距離が必要なのです。

先ほど、坂の頂上付近から見えていた江島の対岸の島、大根島。この大根島は江島と陸路でつながっているので簡単に渡ることができます。大根島のある場所から江島大橋を望遠レンズを使って撮影すると……

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こうなるのです。

壁のようにそそり立つ「ベタ踏み坂」たる姿!エレベーターで車が上へ下へと移動しているように見えるほどです。このもうひとつの姿により江島大橋は「ベタ踏み坂」と呼ばれているのです。そしてこれは望遠レンズの圧縮効果によって距離がギュッと短縮された結果見られるものです。坂の下から写真を撮って「ベタ踏み坂ってたいしたことないな」と帰ってしまう人も多いと思います。ベタ踏み坂がベタ踏み坂となるためには、ちょっとした撮影トリックが必要なのです。

写真は文字通り真実を写すものですが、その真実は撮影者がこう見せたいと思う真実であるかもしれません。今後写真を見る際にはそんなことも意識してみると、より視野が広がるのではないでしょうか。今回はいつもよりは少しだけ身になる情報をお届けできたかも……そうでもないか。

ではまた次の巨なるものでお会いしましょう。

半田カメラ
大仏写真家。フリーカメラマンとして雑誌やWeb撮影の傍ら、大好きな大仏さまを求め西へ東へ。現在まで300尊をこえる大仏さまを撮影。「巨」なるものが好き。穴も好き。『夢みる巨大仏 東日本の大仏たち』『遥かな巨大仏 西日本の大仏たち』(書肆侃侃房)が発売中!

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