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第43回 詩人のように翻訳し、翻訳者のように創作せよ──パートI:翻訳とアイスランド語の未来(吉田恭子)

 翻訳という乗り物を前進させる推進者らは同床異夢であり、かならずしも同じゴールを見据えているとは限らない。起点言語側の原作者、編集・出版社をはじめ、目標言語側の翻訳者に編集者、出版社、そして出版を助成するさまざまな組織まで、思惑はそれぞれである。なんといっても、乗り物の原動力が戦争と紛争なのだから。

 近年アメリカで外国語学習の要請が飛躍的に高まったのも2001年の同時多発テロとその後のアフガン・イラク侵攻がきっかけだった。以前は外国語を必修としなかったアメリカの大学で軒並みカリキュラム改定が起こった。あるいは、ドナルド・キーンのように、第二次世界大戦中の情報収集を目的とした日本語学習が文学研究・文芸翻訳へ繋がる例を考えてもいいかもしれない。今日英米での文芸翻訳ブームの背後には、英語圏の根強い単言語主義(monolingualism)に対する内部からの異議申し立てと、英語に多様性を与え、英語をもっともっと変にしたいという翻訳者たちの思い(第39回矢倉喬士担当「英語を壊すお・も・て・な・し──多和田葉子の『献灯使』とマーガレット満谷の“The Emissary”の翻訳術」参照)だけでなく、英語の情報収集・発信力をより強固にすることで英語圏の政治的・経済的覇権を確実なものにしたいという欲望も潜んでいる。

 アイスランド語はアイスランドの国民言語であり唯一の公用語である。その話者は世界中で35万人に満たない。アイスランド語は中長期的には消滅の危険性がある。地理的に隔離された土地柄、アイスランド語は北欧諸語の中でもとりわけ古代的な特徴を保持してきた。近代化に伴い無数の外来語をアイスランド語化することで対応してきたが、IT産業革命でアイスランド語化のスピードが追いつかなくなり、「デジタル少数化」現象が起こった。つまり、現実世界で優勢を占める言語がOSやインターネットなどのデジタル・インターフェイスで埋没少数化あるいは消滅してしまうのだ。

 たとえばWindowsやMac OS、Googleなどをアイスランド語化するには、当然フランス語(話者1億超〜2億人)やドイツ語(話者1億3千万人)、日本語(話者1億2千万人)や朝鮮語(話者8千2百万人)へ移行するのと同じだけの費用がかかる。そこで、わずか35万人(しかも英語が比較的堪能)を対象に膨大な費用を投入する必要はないと企業は判断してしまう。アイスランド人もわたしたちと同様毎日何時間もコンピュータやスマホを相手に生活しているので、職場が英語化する。またケーブルテレビが導入されると、古来の物語伝統が英語圏のドラマにあっという間に取って代わり、若い世代から日常生活も英語化する。読書の習慣がなくスマホを使う子どもだと、母語に触れる時間が圧倒的に不足して、充分なアイスランド語の語彙が身につかないまま義務教育期間を終え、読解力や思考の言語化能力が不足したまま社会人になる。英語はある程度はできるのだが、あくまでも日常の用足しができるレベルにとどまってしまう。アイスランド政府は将来公費でOSなどをアイスランド語化する予定だが、現時点では危機感を感じる関係者らが非営利でネットのインターフェイスにアイスランド語を導入しても、サイトの表面だけにとどまっていたり、単語の活用などの対応が不充分だったりで、ユーザーはストレスを感じてしまい、結局英語に戻るケースが多いのだという。

 文学者が言語の消滅に抗おうとするとき、実は翻訳という乗り物が不可欠になる。孤立する言語をまるごと容易に他言語に取って代えさせないためには、言語間の往き来の活性化が決定的な意味を持つ。それと同時に、翻訳の不可能性も大事な役割を負う。英語による侵食に耐える言語世界を維持していくためには、「アイスランド語ならでは」という表現や作品を生み出し続けることが必要となる。

 ビョークとのコラボレーションでも知られている小説家ショーン(Sjón)は、できる限り「アイスランド的」な小説を書こうと中編『青い狐』(“Skugga-Baldur,” 原書2003年; 英訳2008年; 未邦訳)を執筆した。この作品はあまりにローカルすぎて翻訳はされないだろうと編集者と話していたそうだ。ところが、海外の友人らに英訳を配ったことがきっかけで、みるみる翻訳の波が広がり、現在計35の言語に翻訳され、名実ともにショーンの代表作となった。19世紀のアイスランドを舞台に、雪の中ひとりブルーフォックスを追い続ける狩人の牧師と追われる野生動物の意識を往来しながら、牧師の過去が時を隔てて共同体にもたらす運命を描く。アイスランド古来の伝説や神話にインスパイアされながらも現代的な技巧を凝らしたファンタスティックな物語は、アイスランド語でしか語りうることのできない想像世界をアップデートすると同時に、翻訳されることで世界の言語とアイスランド古来の物語伝統とを継ぐ役割も果たす。

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 イスラエルの作家ダヴィド・グロスマン(デイヴィッドとも)との対話で「文学の9割はメロディ」であり、それを翻訳するのは「霊的な行為」だとするグロスマンの提言にショーンはこう応じている。

ある意味では、最初に原語で作品を執筆するときも、私たちは絶え間なく翻訳しているんです。ここにあるものを翻訳しようとして、自分たちが使う言語と取っ組み合う。それでますます感じるようになってきたんですが、言語というものはーー私の場合はアイスランド語だけどーー自立した存在じゃないか、と。何世紀にもわたって人間を文学作品に翻訳するのに使われてきたのだから、記憶や物語を伴う人工知能のような存在で、だからテクストが反応してくれて、ときには自分がアイディアをもらっているというか、言語がどうやって書き進めるべきか自分に知恵を授けてくれるようだと感じるんです。私が何かを書く、すると言語が逆の提案をしてくる。そこで試してみると、そちらの方がずっといい。だから書き手は存在を相手にしているのであって、言語とは書き手が自らを翻訳しているときの対話相手だと思うのです。そしてよい書き手であれば、作品の背中を押して、翻訳家の背中を押して、翻訳先の言語との同じような対話をうながすことになる。

インタビューYouTube(16分30秒から29分30秒参照)

 同じくアイスランドの小説家ルーナー・ヘルギ・ヴィグニソン(Rúnar Helgi Vignisson)が、「私の小説は(故郷のフィヨルドの)山々が書いたものだ」と言うとき、環境が言語と共同体の精神(frame of mind)を生み出し、言語は共同体の記憶を保持するという意味において、ショーンが言う「人格的存在としての言語」に言及しているのであり、彼の小説は「山々の言葉」を「翻訳」したものだと解釈することもできる。

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 ルーナー・ヘルギは翻訳家でもある。小説を執筆し大学で教鞭を執る傍ら、ウィリアム・フォークナーからエィミ・タン、イアン・マキューアンからJ.M.クッツェーまで驚くほど幅広い現代英語小説をアイスランド語に翻訳してきた。それが言語の寿命を伸ばすために死活的な営みであることをはっきりと自覚した上で、彼は翻訳を続けている。言語を存命させるには「熱意」が必要だと彼は言う。アイスランド語のように古代から変化の少ない言語に、現代小説を翻訳するのは並大抵の労力ではない。だが、アイスランド語の表現領域を広げ、よりしなやかに融通の利くように練り上げ、言語をアップデートしていく潜在力が翻訳の言語にはあることを、ルーナー・ヘルギは知っているのだ。

 ショーンはまたアイスランド語が翻訳されることだけでなく、アイスランド語に翻訳する重要性にも触れている。

翻訳を通じてはじめて物語は旅をします。アイスランド語のように話者が少ない語も、いわゆる「大言語」の文学を受け入れることができる。だからダンテをアイスランド語に翻訳することができるし、だとするとアイスランド語はダンテを受け入れる大きさがあるということです。だから数の問題ではないんです。言語の大きさの話をするとき、すぐにヒエラルキーの枠組みで考えがちです。それは止めないと。

 自国語への翻訳がその言語をより多様かつ柔軟にすることで、言語の寿命を伸ばし、表現範囲を拡大する役割を負っているとするならば、わたしたちは英語ばかり翻訳していていいのだろうかとも思う。英語圏では翻訳は全出版点数の3%に過ぎず超ニッチな世界である。それに対して日本は翻訳大国だと思っている人は多いだろう。ところが現実には、興味をかき立てられた海外現代小説の日本語訳がないので仕方なく英訳を読む、ということが頻繁にある。日本の翻訳書出版数は確かに多く、ドイツ、スペイン、フランスなどに続くが、とはいえ首位のドイツの半数ぐらいで、日本語への翻訳書の約8割が英語からの翻訳なのである(英語からドイツ語はドイツ語への翻訳の6割程度)。日本語をより変で多様性に富み表現潜在力の高い言語に育てていくために、覇権言語をせっせと日本語に移していくだけでいいのだろうか。

 ちなみに文化政策の一環として自国文学の外国語への翻訳を助成する政府や財団は多い。ところが英国のアーツ・カウンシルは諸国語文学の英訳を助成している。覇権言語特有の政治力と経済力がゆえの政策なので、日本が容易に真似できるわけではないのだが、英語への翻訳によって英語はより強力に強大になっていく。英訳への助成は、英語がいわゆる「小言語」同士の橋渡し言語として機能していることとも関連している。たとえばアイスランド語からインドネシア語への文芸翻訳ができる人材は限られている。そこで「小言語」の重要な作品を英訳する助成をすることで世界文学貿易の流通を促進しようという意図である。ここで英語は基幹通貨としての米ドルのような役割を負っているのだ。

 近代はじめには、東アジアの翻訳文学流通において日本語が基幹通貨的橋渡し言語の役割を果たしてきた歴史があった。たとえば近年諸外国語から中国語への翻訳の検閲・許可が厳しくなってきているようだ。すると将来、諸国語から日本語への翻訳がふたたび橋渡し的役割を演じることもありうるだろう。

 2014年に「未来図書館」(Future Library)というプロジェクトがノルウェーではじまった。スコットランドの芸術家ケイティ・パターソン(Katie Paterson)の発案による。オスロ郊外に植林をし森を育て、百年後にその樹木から製紙して文学全集を刊行する。2014年から毎年1名の作家が指名され作品を提供するが、作品は2114年の全集刊行まで誰も読むことが許されない。原稿は2020年に開館するオスロ市図書館の特別室、森林からの間伐材で内装した「サイレント・ルーム」に保管の予定である。現時点ではマーガレット・アトウッド(2014年)、デイヴィッド・ミッチェル(2015年)、ショーン(2016年)、エリフ・シャファク(2017年)、ハン・ガン(2018年)、カール・オーヴェ・クナウスゴール(2019年)が作品を提供している。

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Future Library: 2014-2114.  https://www.futurelibrary.no/#/

 この「ノルウェイの森」で、毎年作品引き渡しの儀式がおごそかに行われる。文学全集が刊行されるとき、プロジェクトの立ち上げに関わった人たちは誰も生き残っていないし、現時点で作品を提供した作家らもこの世にはいない。「未来図書館」は人間の時間が自然界の時間に抱かれていることを改めて確認させるとともに、文学に対峙するわたしたちの時間感覚をも問い直す。百年後の読者に託す作家を選ぶ基準は、たとえばノーベル賞授賞者を選ぶ基準とはまた違ったものになるはずだ。そして、百年後に全集が刊行されるためには森林が生き延びなければならないのと同様に、アイスランド語も生きた言語として命脈を継ぐことを課せられている。

 次回は話者が世界で50万人を超えるアメリカ手話(ASL)のオリジナル文学と翻訳をめぐる話題に触れる予定です。

読書案内・参考資料

Sjón, “The Blue Fox.” Trans. by Victoria Cribb. Farrar, Straus and Giroux, 2013. 

Sjón, “From the Mouth of the Whale.” Trans. by Victoria Cribb. Farrar, Straus and Giroux, 2013.

"Out of the Blue: New Short Fiction from Iceland." Helen Mitsios, ed. University of Minnesota Press, 2017.

マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』上下. 鴻巣友季子訳. ハヤカワepi文庫, 2019.

マーガレット・アトウッド『洪水の年』上下. 佐藤アヤ子訳. 岩波書店, 2018.

デイヴィッド・ミッチェル『出島の千の秋』上下. 土屋政雄訳. 河出書房新社, 2015.

デイヴィッド・ミッチェル『クラウド・アトラス』上下. 中川千帆訳. 河出書房新社, 2013.

Elif Shafak, “The Bastard of Istanbul.” Penguin, 2007.

Elif Shafak, “10 Minutes 38 Seconds in this Strange World.” Bloomsbury, 2019.

ハン・ガン『菜食主義者』きむ ふな訳. CUON, 2011.

ハン・ガン『回復する人間』斎藤真理子訳. 白水社, 2019.

カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争 父の死』岡本健志, 安藤佳子訳. 早川書房, 2015.

カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争2 恋する作家』岡本健志, 安藤佳子訳. 早川書房, 2018.

Sjonorama. ショーン公式ウェブサイト. https://sjon.siberia.is/

Rúnar Helgi Vignisson. ルーナー・ヘルギ・ヴィグニソン公式ウェブサイト. https://uni.hi.is/rhv/

“Icelandic language battles threat of 'digital extinction'” The Guardian 26 Feb 2018. https://www.theguardian.com/world/2018/feb/26/icelandic-language-battles-threat-of-digital-extinction

Sjón, David Grossman, and Evan Fallenberg. “We Haven’t See It All: The International Writers Festival 2019.” YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=yQVR_acG1dI

“Rúnar Helgi Vignisson: ‘The Mountains Wrote My Books.’” Interview. The Rejkjavík Grapevine 31 Aug. 2016. https://grapevine.is/icelandic-culture/art/2016/08/31/runar-helgi-vignisson-the-mountains-wrote-my-books/

UNESCO, “Index Translationum.” http://www.unesco.org/xtrans/

Future Library: 2014-2114. https://www.futurelibrary.no/#/

Katie Paterson. ケイティ・パターソン公式ウェブサイト. http://katiepaterson.org/

今回の執筆者

吉田恭子(よしだ・きょうこ)
1969年福岡県生まれ。立命館大学教授。英語で小説を書く傍ら、英語小説を日本語に、日本の現代詩や戯曲を英語に翻訳している。短編集“Disorientalism” (Vagabond Press, 2014)、翻訳にデイヴ・エガーズ『ザ・サークル』(早川書房, 2014)、『王様のためのホログラム』(早川書房, 2016)、野村喜和夫“Spectacle & Pigsty”(OmniDawn, 2011, Forrest Ganderとの共訳)など。

吉田さんの過去の記事

第4回 九龍に充実するオルタナティヴなリアル

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第18回 コルソン・ホワイトヘッドの基調講演中は日本庭園を回遊していました──ポートランドAWP19参戦記

第25回 哲学者と文学者を同じ部屋に2日間閉じ込めてみた——ラトガース大学翻訳ワークショップ報告

第29回 #MeToo時代のクリエイティヴ・ライティング

第34回 ダメ男のレガシーを語る女たち──パートI:アレグザンダー・ハミルトンの場合

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