見出し画像

【試し読み】チョ・ウリ「私の彼女と女友達」(短編集『私の彼女と女友達』表題作)

【試し読み】チョ・ウリ「私の彼女と女友達」(短編集『私の彼女と女友達』表題作)

********************
五年間同棲している私の彼女、ジョンユンには四人の大親友がいる。ミンジ、ジヘ、ジヨン、スジン。「ジョンユンの彼女なら、私たちの友達も同然でしょ」彼女たちはみんな私に会いたがるけど、私はその誰にも会ったことがない。ジョンユンに誘われても、誰の結婚式にも行かない。
ついにジョンユンの親友たちに会ってみることを決めた日、かつて私が憧れを抱くも苦い決別を迎えたひとりの女性から手紙が届く。

「非婚式にご招待します」
********************


 ジョンユンの歌声が近づいてくる。酔うと歌を口ずさむのが癖なのだ。私は玄関で仁王立ちになって彼女を待ち構えた。約束した帰宅時間はとっくに過ぎていたし、電話も取らなかった。入ってくるなり怒鳴りつけてやろうと思っていたのに、ジョンユンはドアの向こうで暗証番号を間違えつづけている。警告音が鳴った。このままでは隣の家から苦情が来そうだったので、仕方なくドアを開けた。ドアの隙間が広がっていき、目が合った。ジョンユンの顔がぱっと晴れる。こうなると、ひとまずは胸に飛びこんでくる彼女を抱きとめないわけにはいかなかった。
「心配したじゃない」
「ごめん、楽しすぎて」
「この会だといつもよね」
 私の彼女、ジョンユンには四人の大親友がいる。一九八〇年代後半にソウルのある大規模マンション群に住んでいた親のもとに生まれ、同じ小学校、中学校、高校出身の、お互いの子ども時代を知りつくしている女性五人グループ。慶弔事に備えて頼母子講をつくり、毎日グループチャットで話すだけでは飽き足らず、月に一度は顔をつき合わせて話しこむ。まさしく今日のように。
「ウンジュも一緒に来ればいいのに」
 ジョンユンと交際して十年、そのうち五年間同棲しながらも、まだグループの誰にも会っていない。無数の提案と、それに伴う無数の拒絶があった。そして、それにも屈しないさらなる提案。彼女たちの粘り強さには感服するばかりだ。もちろんジョンユンにも。彼女は友人たちが私に会いたがっているからと、ミンジの結婚式、ジヘの結婚式、ジヨンの結婚式、スジンの結婚式に一緒に出席しようと提案してきた。毎度、同じ言葉で断られてもあきらめなかった。
「私が行ったって仕方ないでしょ。いいから、みんなで楽しんできなよ」
 ミンジとジヘの区別もつかないのに、のこのこ出かけていって新婦の控え室で記念写真を撮ることになんの意味があるのかと問うと、ジョンユンは意味なんかどうでもいいと答えた。
「だって、私の友達じゃん。一緒に行ってお祝いしてあげればいいんじゃない?」
 一理あった。シンプルにジョンユンのためだと考えることもできたけれど、そうしたくなかった。理由を説明するのもみっともない気がした。みじめになるのはわかりきっているのに、わざわざ口にする必要はない。ジョンユンが友人から結婚式の招待状をもらってくる日は、決まってけんかになった。去年のスジンの結婚式でバトル終了と思いきや、大間違いだった。
「来月さ、ジヘの息子の一歳のお祝いらしいんだけど、一緒に来ないかって」
 私は聞こえないふりをして寝室に向かった。ジョンユンはなにかぼやいていたが、やがてその声は浴室で水を使う音にかき消され、ほどなく歌声に変わった。いったい彼女たちはなんだって私を誘ってくるんだろう。

 ときどき、彼女たちに会っている場面を想像する。いつかジョンユンから聞いた話が目の前でくり広げられる瞬間を。ミンジ、ジヘ、ジヨン、スジンのかつての彼氏で、いまは夫となった人たちに投げかけられた質問が、私にも投げかけられるのを。意地悪な質問をしてやろうとらんらんと目を輝かせている女たちと、彼女たちに取り囲まれて困っている私。そんな私の隣でなぜか満足げな笑みを浮かべていたジョンユンが、つと手を振りながら形ばかりの横槍を入れると、大爆笑が起こるなかで私も笑いながら、さりげなく伝票を手に取る。
 でも、まったく違う場面も浮かぶ。膝をつき合わせるようにして座っている女たちが、私がやって来るなり少しずつ場所をずれてスペースをつくり、私のぶんのお皿とフォークが置かれる。私の服やバッグ、ヘアスタイルをほめそやす声。料理を分け合い、お互いのお皿にも遠慮なく伸びる手。周囲の視線を気にしながらひそかに交わされる目配せ。暗号に置き換わる言葉。そして最後に、私はとうとう彼女たちのチャットルームに招待される。そうしてメンバーの一員になり、毎月会費を払い……。
「ジョンユンの彼女なら、私たちの友達も同然でしょ」
 私は身震いしながら、想像のなかの混乱から私を救い出す。放っておけば一緒に温泉旅行に行くはめになるかもしれない。旅行の話を持ち出したのはジヘ? それともジヨンだったっけ? 私にそれを伝えるジョンユンは嬉しそうだった。友人たちに認められたのだと。合格の基準は? と訊くと、的外れな言葉が返ってきた。
「みんなすっごく厳しいんだから」
 私は彼女たちに認められたくなどない。特別な好意も望まない。湖のある公園のカフェでブランチを食べましょう、夫も息子も置いて出てくる女同士の集まりだから、ウンジュさんも気兼ねなく参加してね。そんな言葉をありがたいと思わない。
「私とジョンユンがセックスしてるってことを、みんな知らないんじゃないかな」
「まさか、子どもじゃあるまいし」

 私と交際を始めて間もなく、ジョンユンは親友たちにその事実を明かした。安眠島にあるログハウスのペンションで。夏には海辺に一泊旅行に出かけ、お揃いのポーズで写真を撮るのが高校卒業後の恒例行事だった。肉の脂で立ちのぼる薪火の煙に涙しながらバーベキューを食べ、就寝前にはろうそくの前で秘密を打ち明け合う。トラ、ウサギ、クマ、タヌキ、ペンギン。それぞれが好きな動物のパジャマに着替えて円座し、紙コップに突き刺したろうそくに火を灯しながら、秘密は必ず守ると誓い合う。そんななか、われ先に口を開いたのがジョンユンだった。実は、付き合っている人がいると。
「その人、女なんだ」
 その後みんなでジョンユンを抱きしめ、永遠の友情を誓いながら涙したのだと聞いて以来、彼女たちは私の頭に、まったく同じポーズをとる別々の動物の姿でインプットされていた。ミンジがトラ、ジヘがウサギ、というふうに。
「なんでそこで泣くのよ?」
 友人たちとの感動的なエピソードを語るジョンユンに、私はつっかかるように言った。
「なんか盛り上がっちゃってさ」
 カミングアウトしたのは初めてで、思わず雰囲気に流されたのだと、ジョンユンは照れくさそうに笑った。そして、もう友達との会話で仲間外れになることもないと喜んだ。スキンシップはどこまで進んだのか、記念日のプレゼントはなにがいいか、結婚話も出ていないのにご両親に会ってもいいのか、盆正月には必ずなにか贈るべきなのかといった会話に、ジョンユンは本気で仲間入りできると信じているようだった。
「恋人がいないふりもつらかったから、ほんとよかった」
 心底嬉しそうなジョンユンに、訊けなかった。私の前にもふたり恋人がいて、どちらも女性だったと言ったのか。私と別れたとして、次に選ぶのも女性だと言ったのか。早い話が、自分はレズビアンなのだと言ったのか。
「こんなことまであの子たちに話すなんて、ほんとにウンジュのこと好きなんだと思う」
 ジョンユンはとろんとした表情で言った。でも、もしもジョンユンが、交際相手は女性で、大学のサークルで会ったふたつ上の先輩だ、公務員試験を受ける予定で、卒業後に同棲するためにお金を貯めている、そんな話しかしていないとしたら。果たしてそれを、ジョンユンのカミングアウトだといえるだろうか? どう考えても、それはジョンユンではなく私についての説明にしかなっておらず、だとしたら、それはジョンユンのカミングアウトではなく私のカミングアウトではないかという気がした。

【続きは書籍『私の彼女と女友達』でお楽しみください】

*****

 韓国女性文学シリーズ13
私の彼女と女友達』 내 여자친구와 여자 친구들
チョ・ウリ 著
カン・バンファ 訳

四六、並製、216ページ
定価:本体1,800+税
ISBN978-4-86385-570-0 C0097

装幀 成原亜美(成原デザイン事務所)
装画 クォン・ソヨン「ghost」

どこにいても、必ず自分を守って。 それが私たちを守ることになるから。

クィア・労働・女性問題など、今を生きる女性たちをときにリアルに、ときにさわやかな余韻で描き出すチョ・ウリ初の短編集。
表題作「私の彼女と女友達」など八編を収録。初邦訳。

なんでもない場所で静かに働きながら、何かが変わる予感をキャッチするクィアたち。どこかバランスが崩れた場所で、不穏な気配を感じ取りながら生きる女性たち。
チョ・ウリは、不安定な世界に身を委ねざるを得ない人びとの動揺を丁寧に描き出す。本当は誰もが揺れている、その不可視化された振動が、いま、見える。
 ――高島鈴(ライター、アナーカ・フェミニスト/『布団の中から蜂起せよ』著者)

チョ・ウリの小説を読むとき、呼吸が軽くなる。心温まる話のときも非情な話のときも、風通しがちょうどいいから絶望に息切れすることがない。枕元に置いておきたい多孔質の物語。じっと耳を当てていると、以前は聞こえなかった声が聞こえてきて、見過ごしていた瞬間を振り返っている自分がいる。すらすら読めるのに、手を止めて考えさせる。なんて貴重な小説だろう。八篇の作品はどれも、人生の鮮やかなシーンを捉えることにとどまらず、追いついてこない世界に負けてなるものかという意志にあふれている。その力強さにこそ未来がある。
 ――チョン・セラン(小説家/『フィフティ・ピープル』著者)

<著者あとがきより> 
私を苦しめ、私を苦しめた、それでもやっぱり私を笑顔にし、喜ばせてくれた、小説のなかのすべての女性たちへ。私の立つ場所に共に立っていた彼女たちへ。私の彼女と女友達へ。
それぞれが望んだとおりに幸せであってほしい、心からそう願っていると伝えたい。

【著者プロフィール】
チョ・ウリ(趙羽利/조우리)
2011年、短編小説「犬五匹の夜」で大山大学文学賞を受賞し作家デビュー。
女性、クィア、労働に関心を寄せて執筆している。
著書に短編集『リレー』『チームプレイ』、 長編『ラスト・ラブ』などがある。

【訳者プロフィール】
カン・バンファ (姜芳華)
岡山県倉敷市生まれ。岡山商科大学法律学科、梨花女子大学通訳翻訳大学院卒、高麗大学文芸創作科博士課程修了。梨花女子大学通訳翻訳大学院、漢陽女子大学日本語通翻訳科、韓国文学翻訳院翻訳アカデミー日本語科、同院アトリエ日本語科などで教える。韓国文学翻訳院翻訳新人賞受賞。訳書にペク・スリン『惨憺たる光』『夏のヴィラ』、チョン・ユジョン『七年の夜』『種の起源』、ピョン・ヘヨン『ホール』、チョン・ミジン『みんな知ってる、みんな知らない』、キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』、チョン・ソンラン『千個の青』、ルリ『長い長い夜』、ハ・ジウン『氷の木の森』など。韓訳書に柳美里『JR上野駅公園口』、児童書多数。著書に『일본어 번역 스킬(日本語翻訳スキル)』がある。

*****

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?