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第6回 終電2本前の雷鳴(くどうれいん)

 夜にものすごい雷雨だと、そわそわしてしまう。こわいのではなく興奮するのだ。わたしは大きなものほど好きなので、激しい天気のことをかっこいいと思う。会社の窓にときおり紫のひかりが破裂するように走る。雨の音が途切れることなく続く。上司から危ないから早めに帰れと電話がかかってきて、切り上げられない仕事を持ち帰ることにして帰路に着く。

 電車の待ち時間を考えずに会社を出てしまったので次の電車まではあと20分もあり、盛岡駅のホームにはわたしと、ベンチに座る大学生らしき黒髪ボブの女性しかいない。慌てて会社にイヤホンを置いてきたので音楽を聴くこともできず、ひたすら、強い雨がトタンを打つ音を聞き、雷の音がひかりから何秒遅れてくるか数えていた。ぱっ、とあたりが明るくなり、一呼吸つかない間に巨大な音がする。雷。雷に打たれて死んでしまうことを、毎回ちょっとだけ想像する。

「おつかれーぃす」
 アライグマのような髪色の青年が、大きな声で黒髪ボブの女性に話しかけながら隣の席に座った。ふーん、知り合いか。と思っていると、女性はスマートフォンから顔を上げることもなく言った。
「だれですか」
 ……マジで? 降り続ける雨の音から声を掬い上げられるようにわたしは耳をできるだけ大きくし、ちらちらと様子を伺った。
「だよね。はじめまして、おれこの辺で働いてます、ハシノ。ねえねえ、このあと帰るだけ?」
 ……ナンパだ! 場合によってはわたしが彼女を救わなければならないかもしれない。Twitterのさまざまな体験談マンガを思い起こしながら沸き立つきもちを抑えて、何も気づいていない人のふりをする。

「まあ、帰るってか、帰んないってか」
 彼女は目線をスマートフォンから離さない。ボブの毛先が綺麗に俯いている。
「帰んないの? あっ! 雨だから帰れない? 送ってこうか」
 送ってこうか、もなにも、ここは改札を抜けて電車を待つ場所なのに。アホというのはタフのことで、そういう青年なのかもしれない。残念だけど今回は諦めなよ。これ以上しつこかったらどこで介入しよう。どう言って割り込むのがかっこいいだろう。あれこれ思考がめぐる。
「車、そんなかっこいいやつじゃないけど近くに停めてんだよね、乗る? 電車よりはやいかもだよ」
 早いわけないだろ。ハシノ、しっかりしろ。わたしならもうすこしうまくやる。お粗末なナンパ、と思いながら聞き耳を立てつづける。ぱっ。また光る。今度も大きい。ハシノは「すげーね」とだけ言って、空を見つめている。雷鳴、8秒後。電車が来るまではあと15分。しばらくの沈黙の後、雨脚が少し弱まるとともに彼女は言った。


「送ってくれんのさあ、馬とかなら、乗りたいけどね」

 ……は?
 驚いて顔を上げると、彼女はやはりスマートフォンから視線を外していない。何? この子は何? 何者? わたしの頭の上に色とりどりのはてなマークが並ぶ。馬。馬だってよ、どうするハシノ。

「馬かー」
 流石に思いがけない切り返しだったのか、ハシノは困った顔をしている。つまり遠回しに断られているのだよ。やっぱさ、諦めようハシノ。きょうはこんなに雨だし。いつのまにかハシノの側に立っている自分がいる。

「馬、おれ、最近乗ってねえからなあ」

 ハシノは両手で自分の頬を挟んでうなり始めた。最近、とは。わたしの頭の上のたくさんのはてなマークを踏みしめて毛並みのいい馬が駆け回る。ハシノは続ける。

「乗ってる間風っぽくね?  馬、車とかと全然、なんか目の高さが風? ってか」

 彼女は相変わらずスマートフォンの画面をスクロールしながら「あー、わかる」と言った。わかるらしい。距離、縮まっているのだろうか。なんだろう。少なくともわたしはここで割り込むことはできない。馬の背が風の高さであるかどうかはわからないから。

「馬乗んのやめちゃったからなあ」
「ダサ」
「馬じゃなきゃだめ?」
「無理」

「てかすげーね、コレ」
 ハシノが立ち上がって空を覗きこむとほぼ同時に今度は小さい雷がひかる。たとえ馬に乗れたとしても、こんな雷雨では無理だと思う。ホームには徐々に電車を待つ人々が集まり始め、訝しげにハシノのほうを見て、なるべく関わらないような位置に並ぶ。
「ね、おねがい。おれ遊びたいってかさ、送りたい、雨だし」
「電車のほうがはえーし」
「っすよね。でも車濡れないし、あとおれ一応馬乗れた過去持ちだから車もほぼ馬」
「過去持ち?」
「過去があるって意味」
「やば」
 それなのに、既にハシノと彼女の間には、危機、とか、迷惑、とは違う妙な空気が流れはじめている。いつ突撃してやろうと思っていたわたしのほうがどことなく邪魔者っぽい。電車がホームに到着する旨のアナウンスが流れ、その途中でもう一度雷が落ちた。
「てかさあ」
彼女がベンチから立ち上がった。思わずそちらをじっと見てしまう。


「名前、聞けし」


「え」
 わたしのこころの声とハシノの声が重なった。名前、聞けし。

「名前――」

 ハシノがはじめて彼女と目線を合わせて話すのと同時に、汽笛を鳴らして電車がホームに到着する。ちょうど、その、ちょうどいいところが聞き取れなかった。わたしは下車する大勢の乗客の流れの中で彼女がニカ、と笑い、ハシノと共にさっき抜けたばかりの改札へと逆流しようとするのを見た。うそでしょ。そんな。そんなこと。いちばん前に並んでいたわたしは見届けることなくあっけなく電車に乗ってしまう。それからぐるぐると考える。こそこそ観察するあいだ頭のなかを駆け回っていた毛並みのいい馬が、一目散にどこかへ走って行ってしまった。色とりどりのはてなマークはきれいに散らばって残されたまま。いまのはなんだったのか。なんていうかその、とにかく彼らの中であの瞬間何かが一致したのだろう。もしくは、一致する可能性を感じたのだろう。

 最後の乗客が乗り込むその時、思わず目をぎゅっとつむるような強い紫色のひかりが破裂した。雷。雷に打たれるような恋のことを、電車が動き出すまで考えてしまう。

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くどうれいん『うたうおばけ』
四六判、並製、192ページ
定価:本体1,400円+税
ISBN978-4-86385-398-0 C0095
装画:西淑
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人生はドラマではないが、シーンは急に来る
『わたしを空腹にしないほうがいい』のくどうれいん、最新エッセイ集。
「web侃づめ」の大人気連載に大幅増補の全39編。
「東北の小さな歌人。鋭いと思いきや、その先は丸く、言葉たちは強く光っている」(植本一子)
http://www.kankanbou.com/books/essay/0398

プロフィール

くどうれいん(工藤玲音)
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。樹氷同人、コスモス短歌会所属。著書に『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD、2018年)。

「うたうおばけ」バックナンバー

第1回 うたうおばけ
第2回 ミオ
第3回 瞳さん
第4回 イナダ
第5回 内線のひと

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