見出し画像

第5回 家族に関するゴロゴロ、モヤモヤ、ありますか?(橋本嘉代)

だいぶ間が空いてしまい、すみません! 今回ご紹介する映画は、6月下旬にDVD、Blu-rayが発売された「ひとよ」です。

「壊れた家族は、つながれますか。」というコピーが印象的な「ひとよ」は、不器用で不完全な母と子どもたちのストーリーで、壊れた家族を演じるのは、長男・鈴木亮平、次男・佐藤健、長女・松岡茉優の3人兄妹と母・田中裕子という豪華な顔ぶれです。

ひとよDVD画像

「ひとよ」
2019年公開 監督/白石和彌
出演/佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子ほか
Amazonプライム・ビデオでも配信中。

ポスターにも書いてあるように、家族に暴力をふるう夫を殺した女性が服役後、子どもたちのところに戻ってくる話です。DVの場面は目を覆いたくなるほど壮絶で、PG12指定になっています。ある夜、母親は夫を殺し、子どもたちを暴力から解放し、自首します。その表情は、どこか誇らしげに見えるほどでした(以下はネタバレなので、ご注意ください)。

母親は、自分を犠牲にし、子どもたちに夢や希望のある自由な人生を贈ったつもりだったようです。しかし、事件は子どもたちの人生に暗い影を落とします。彼らは犯罪者の子という烙印を押され(父親を失った被害者でもありますが)、マスコミにプライバシーを暴かれ、近隣住民から誹謗中傷、嫌がらせを受けるなど、つらい思春期を過ごしました。成人した彼らの前に現れた母に子どもたちは怒りや憎悪をぶつけますが、彼女は「お母さんがしたことは間違っていない!」と自らに暗示をかけるようにつぶやきます。

母の登場は、子どもたちに葛藤や衝突をもたらし、家族のあり方を大きく揺さぶります。娘は母の帰宅を喜び、それまでの寂しさを埋め合わせようとしますが、次男は母を強く拒絶し、兄や妹とも距離を置いています。長男は不仲の妻に母の罪を知られることを恐れています。彼らは家族として新たな関係を形成することができるのか。あきらめかけた夢や目標を取り戻せるのか。さまざまなテーマが浮かび上がってきます。

佐藤健さんが不摂生な生活臭を漂わせるために増量し、無精ひげをはやし、親への怒りや都会暮らしで屈折した次男を演じています。“恋つづ”(恋はつづくよどこまでも)でのドSなエリート医師との別人ぶりが味わい深いですが、単なるヨゴレではなくきっちり泣かせてくれるので、ご安心を。
鈴木亮平さんも、心優しい長男を好演しています。彼はもう太ったり痩せたりの無茶はしなくていいから、安定感のある演技でずっと活躍してほしい。
長男の妻役のMEGUMIさんは、この作品と「台風家族」でブルーリボン賞・助演女優賞を受賞しましたが、MEGUMIさんが家族の映画&ドラマ界に欠かせない名脇役であることを実感できる私のイチオシは「浦安鉄筋家族」第5話の大阪のおばちゃんです。アドリブが最高過ぎるので、ぜひご覧ください。
出演者コメントのなかでは、末っ子役の松岡茉優さんの「家族に対して何かゴロゴロとしたものを抱えて生きていらっしゃる方に、この映画を観てどこか許されてほしいなと思いながら演じた」という言葉が印象的でした。「許されてほしい」という表現がなんとも優しく、味わい深いですね。家族に対してはスッキリしないことの一つや二つ、あるかと思います。家族の過ちや不完全さを許し、憎しみや苦しみ、満たされなさを受け入れることで、自分を含めた人間という存在を許せるようになるのかもしれません。

中高生男子2人が父親にやられっぱなしなの? やられたら、やり返せ! とか、シェルターに駆け込め! などツッコミを入れたい部分はありますし、「いじめられて当然」という語られ方になっていますが、本来は、加害者の家族である(被害者の家族でもある)子どもたちへの適切なケアやサポートが必要で、加害者家族へのバッシングも、あってはならないことです。本作では親戚など周囲の大人が温かく見守っていたのが救いですが・・・。

日田シネマテーク・リベルテ訪問

「ひとよ」は昨年秋の公開でしたが、上映期間に映画館に行けず、年明けに大分のミニシアター「日田シネマテーク・リベルテ」で観ました。日田は、私が住む福岡市内から車で2時間弱、リムジンバスで2時間ちょっと。JRの特急「ゆふいんの森号」または「ゆふ号」で1時間半弱。JRは平成2年7月豪雨で運休していますが、8月8日から博多と日田(または豊後森)間の運転計画があるようです。

画像1

画像2

日田を訪問したのは2月で、日田焼きそばと温泉も堪能してきました。しかし、その後の緊急事態宣言の発令で映画や旅行・グルメは勧めにくくなり、寝かせていました。そろそろGOTOトラベルの候補として情報発信できるかと思っていたら、九州豪雨の被害で電車も運休し、新型コロナウイルスの感染が再拡大するなど、過酷な状況が続いています。

日田シネマテーク・リベルテは映画鑑賞(ドリンク付き)やオンラインショップでの買い物に使える「未来の自由券」をネット販売中です。映画や鉄道や温泉を愛する方にこのミニシアターの魅力を知ってもらって一緒に応援できたらと思い、日田訪問記も添えることにしました。

日田シネマテーク・リベルテは、ボウリング場の2階にあり、私の高校時代の道草スポットの早岐シルバーボウル(現・西肥シルバーボウル)っぽいので「ここじゃないよね」と通り過ぎ(失礼)、ナビの導きでなんとかたどり着くことができました。階段を上り、建物に入ってもなお、このガラス戸の向こうに映画を上映するスペースがありそうな気がしない不思議な雰囲気です。

画像3

画像4

画像5


画像6

画像7


日田焼きそばの有名店「想夫恋」。「野菜炒めにそばが入ったようなものは焼きそばではなく、五目いためそば」と邪道扱いしており、しっかりと焼いた麺が特徴です。

画像8


家族風呂がある立ち寄り湯「琴平温泉ゆめ山水」。スパイダーマンがいます。自由に旅行できる日が来たら、全国のミニシアターと周辺の秘湯を回りたい。


鉄子・鉄ちゃんなら、博多と大分を結ぶ特急「ゆふいんの森号」にもときめくと思います。赤いゆふ号は、ふらりと乗れる普通の特急ですが、ゆふ森は事前予約が必要なので、お気をつけください。ゆふ森乗車はまだ果たせていないので、電車の写真はありません。

6月にも「37seconds」とオンライントークイベントを観るために、日田を再訪しました。母からの自立を目指す女の子のストーリーです。第6回は37secondsについて書く予定です。


【著者プロフィール】
橋本嘉代 (はしもと・かよ)
筑紫女学園大学現代社会学部准教授。1969 年、長崎県佐世保市生まれ。
上智大学文学部新聞学科を卒業後、集英社に入社。女性誌編集に携わる。退職後、ウェブマガジンのプロデューサーやフリー編集者などを経て、2014 年から大学教員に。立教大学大学院で修士号(社会学)、お茶の水女子大学大学院で博士号(社会科学)を取得。専門はメディアとジェンダー。
共著に『雑誌メディアの文化史―変貌する戦後パラダイム』(森話社、2012)など。著書『なぜいま家族のストーリーが求められるのか』(書肆侃侃房)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?