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第五夜『芳年異聞』

最後の浮世絵師として名高い月岡芳年。彼に自画像を依頼した女の異様な注文とは?
実在の絵師を題材にした奇譚!

(作:春井環二(「シナリオ教室」(シナリオ・センター刊)2011年5月号掲載作品))
※本作品は映像脚本として書かれました。

【登場人物】

月岡芳年(29)浮世絵師〔実在した人物〕
金木年景(18)芳年の弟子〔実在した人物〕
謎の女(?)
源八(50)幇間

○上野・寛永寺

   境内に夥しい数の兵士たちの戦死体が転がっている。辺りは血にまみれ、空中に火薬の煙が薄く漂っている。

タイトル(画面に表示される文言)「1868年(慶応4年)7月 上野・寛永寺」。

   月岡芳年(29)が弟子たちを連れ、兵士たちの死体を写生している。丹念に死体の顔や全身を描く芳年。写生をしながら横目で芳年の集中ぶりを見ている弟子の金木年景(18)。

年景のM(モノローグの意、以下略)「なんであの人はこの地獄絵図を見ても顔色一つ変えずにいられるんだ?」
芳年「おまえらちゃんと写しな。こんなに仏さんを写せる機会めったにないんだからよう。……彰義隊の兄さんたちも、官軍の兄さんたちも、俺らの絵筆に描かれたとなれば成仏できるってもんさ、はっはっは」

○わき道(夜)

   雨が降っている。傘を差しながら芳年と年景が歩いている。酔った芳年の持っている包みから、ラフな下絵の書き損じなどが数枚地面に落ち、濡れる。

年景「ああ、先生、飲みすぎですよ……」

   それを拾う年景。殺人を題材にした血や死体が描かれた無惨絵(残酷な血みどろの浮世絵のこと)ばかりである。

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年景「(溜め息をついて)先生。町のみんなが先生を何て呼んでいるか知ってますか?」
芳年「ああ?」
年景「……血まみれ芳年。せっかく当代随一の画才があるんだから、もっと美人画とか普通の絵を描いてくださいよ」
芳年「うるせえや、血やしゃれこうべこそ人のまことの姿よ。俺はおためごかしの絵は描きたくねえや。……それに、今の空気が、こういう絵を望んでいるのよ」
年景「たしかに、先生の絵は人気がありますけど……」

   雨の中を歩いていく二人。
   前方から傘を差した十代後半くらいの若い女が歩いてくる。高そうな着物を着ている美女である。女、立ち止まる。

女「芳年先生ですね。探しておりました」

   芳年、立ち止まる。

芳年「どちらさんですかね」
女「あなたに私の絵を描いていただきたくて着ました。……それも今晩」
年景「今晩? 馬鹿言っちゃいけねえ。先生はこれから帰ってお休みになるとこだぜ」
女「無理は承知です。五両差し上げます」

   目を丸くする二人。女、持っている包みを芳年たちに差し出す。年景、中を確認すると、金のかんざしなどの高価そうな装飾品がたくさん入っている。

女「売ったら五両はくだらないでしょう。よかったらついてきてください」

   女、道の奥の闇に歩いていく。

年景「どうします?」
芳年「金のことはぬきにしてもなんだかおかしな女だ。行ってみよう」

   二人、女のあとをついていく。

年景「ところでおまえさん、名前は?」

   女、無言ですたすたと歩き続ける。首を傾げる年景。

画像2

○屋敷・俯瞰(夜)

○屋敷・中(夜)

   部屋の中で女と芳年と年景が座っている。芳年の前に筆や紙、顔料などの浮世絵の道具が一通り用意されている。

芳年「娘さん、こんな大きい屋敷なのにうちらのほかになんで誰もいねえんだ?」
女「……今日は、家中のものは皆用があって出払っております」

   女が袖の下から短刀を取り出す。年景が怪訝な顔をする。

女「先生。私は今からこれで自害いたします」

   ぽかんとする芳年と年景。

女「先生に、ぜひ私の無惨絵を描いてほしいのです。浮世に私が存在し、血を流した証として」
年景「ば、馬鹿言っちゃいけねえ。だいたいあんた、なんで自害なんか……」
芳年「カゲ。野暮なこと聞くんじゃねえ。若い娘さんが自分を殺めるっていや、理由は男に決まってらあ」
女、無言で俯いている。年景、真っ青な顔をして芳年を振り返る。
年景「こりゃ悪い趣向ですぜ……先生」

   しかし芳年は女を真顔で見つめている。

芳年「娘さん、目を見りゃあんたが本気なのはわかる。この芳年、最高傑作の無惨絵をこの手でしかと描かせていただきやすぜ」

   女、頷き急に短刀を自分の首元に刺す。畳や壁、金屏風に散る血しぶき。女、短刀を傍らに置き、目をつぶり畳に横たわる。呆然としている年景。

芳年「カゲ、なにぼぉっとしている。早くそこの弁柄と雌黄を溶け合わせてくんな。俺は筆を調える。早く」

   年景、呼吸を落ち着かせる。

年景「ええい、ままよ……」

   年景、芳年を手伝いはじめる。少しずつ、和紙に凄惨な浮世絵を描いていく芳年と、彼の指示通り動き回る年景。

     ×  ×  ×

   夜も更け少し空が白んだ頃、女の亡骸を描いた極彩色の無惨絵が完成する。

芳年「カゲ、できた、できたぞ……」

   汗を拭く年景。二人とも精根を使い果たしその場に突っ伏して寝始める。

○土の上(朝)

   年景、目を醒ます。辺りは谷中の墓地である。驚き、あわてて傍らの芳年を起こす年景。

年景「……先生、俺たち墓で一晩絵を描いてたんですかい?」

   二人、混乱した顔で目の前の墓を見る。そこに、高価な装飾品が置かれている。

芳年「絵が無え……持って行きやがったな」

   芳年、溜め息をつく。

○日本橋界隈・俯瞰

○茶屋・二階

   芳年と年景が昼間から酒を飲んでいる。
   芳年、窓から日本橋を見下ろす。

芳年「少しずつ、変わってきてるな」
年景「え?」
芳年「人の歩く速さがよ」

   芳年、にやっと笑う。きょとんとする年景。階段を駆け上がってくる音がする。二人が振り向くと、幇間の源八(50)がこちらに向かって急いでくる。

芳年「お。源八が来たぞ」

   源八、二人の横に座る。

源八「先生、年景さんも、お待たせしやした! いやあ、恐れ入谷の鬼子母神ってもんで」
芳年「源八、なにかつかめたかい?」
源八「それが先生、驚いたのなんの、びっくり下谷の広徳寺、うそを築地の御門跡ってもんで。調べやしたところ、そのお墓に葬られてたのはお武家様のご息女でした。下男とできちまったが身分が違う結ばれぬ恋って奴でさあ。思い余って娘さん、自分の喉を突いて自害されたらしいですぜ、ずいぶん前に」
芳年「……やはりそうか」
源八「色恋に賭けたその命、とどめておきしその筆は、先生のほかになかりけり、ってもんで、きっと先生は死んだ娘に選ばれたんですよ。……絵師として」

   芳年、懐から小銭をだし源八に渡す。

芳年「源八、なにかあったらまた頼まれてくれよ」
源八「へへ、ごひいきに」

   去っていく源八。

年景「本当にあの世の者だったのでしょうか」
芳年「たぶんな。だが俺はこうも思うのよ、あれは空気が描かせたんじゃねえかと、な……」
年景「空気?」
芳年「先ごろの王政復古の大号令といい江戸城明け渡しといい、どうも一つの空気というか、大きな時間の塊が今、どこかに消えていっている気がしねえか。260年以上続いた、天下泰平の空気がな……」
年景「……」
芳年「その空気が、あの娘の魂を借りて、俺たちに死にゆく最後の姿を描かせようとしたのかもな……」

   年景、真下の日本橋の人の行き来を見て溜め息をつく。

年景「どうなるんでしょうね。これから……」
芳年「さあなあ……」

   芳年、寂しそうに笑う。
   芳年の顔を見つめる年景。

○江戸の町並・俯瞰

   町人や物売りなどさまざまな人々が、往来を行き来している。
   芳年の絵が一枚ずつ画面に映し出される。

ナレーターの声「その後芳年は1892年(明治25年)に病でこの世を去る。現在、その墓は東京都新宿区の専福寺にある。最後の浮世絵師と呼ばれる彼の絵は、豊かな色彩や正確な構図、ダイナミックな動きの描写などの魅力に溢れ、海外でも高く評価されている。没後、彼の絵は、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、芥川龍之介、三島由紀夫など、多くの文士たちを魅了した。……特に三島由紀夫に至っては、自決する直前に芳年の絵を眺めていたという伝聞が、今日でもまことしやかに語り継がれている……」
(了)

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