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Zwiftから学ぶ「ハマる」サブスクリプションの仕掛け

今年のゴールデンウイークはStay Home Weekになり、いつものGWならロードバイクで遠出している私も今年は自宅にこもり、もっぱら室内で自転車を漕いでいる。室内で自転車を漕ぐにはローラー台を使うのだけど、つらいしすぐに飽きてしまうので雨が続くときや大会前などたまにしかやらなかった。4月近づき自宅待機が始まったころから、外にサイクリングに行けなくなると思い私もZwiftを始めてみた。ZwiftというのはいわゆるeSportsの一つなのだけど、自転車についている様々なセンサーや、スマートトレーナーと言われる負荷装置からのデータを使って、オンライン上の仮想空間で自転車を走らせることができる。仮想の街Watopiaであり得ない景色を楽しめるし、ニューヨークやロンドンの街中をサイクリングすることができる。単なるオンラインゲームではなく、実際に自転車を漕がないと前に進まないし、バーチャルな世界で坂を登るときには連動して負荷が重くなる。私の狭い部屋にロードバイク持ち込んでこんな感じで後輪でローラー負荷装置をひたすら回す。

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そして今回の世界的なStay Homeにより、Zwiftに世界中のサイクリストたちが集まってものすごい数のイベントやミートアップ(友達と一緒に走る)が企画されている。私も先日、Team INEOS(ツールドフランスの優勝チーム)のイベントに出走してみたが、参加者が1万人もいた。5月4日から始まった、Tour for All というチャリティーイベントはステージレースになっていて、25万人のサイクリストが参加したら25万ドルを国境なき医師団に寄付するというもの。冒頭の写真はこのイベントのスタートに集まった多数のサイクリストのアバター。Stay Homeの影響でZwiftユーザー数がとんでもない数字になっているに違いない。Zwift社にとっては1ユーザーあたり1ドル分寄付することなど問題ない額だろう。

Zwiftは月額1500円(税込み1650円)のいわゆるサブスクリプションサービスで、私も4月から有料会員になる前は高いと思ったし、月額固定費払ってまでインドアで自転車漕がないよ、と思っていた。だが、実際やってみると、続けたくなる仕掛けがたくさんあり、まんまとハマりつつある。私が本業にしているIoTとかスマートホームについても月額課金で継続してお金をいただく方法を考えるのだけど、ユーザーに継続で課金するのはとてもハードルが高く、そもそも始めてもらえない。Zwiftは典型的なIoT活用のサブスクリプション・ビジネス。ユーザーにお金を払ってもらい逃がさないための仕組みがたくさん用意されているので学ぶところは多い。

1. サブスクリプション・ビジネスの基本

月額課金とデータ活用を基本とするサブスクが成功するには、当然のことながらできるだけたくさんのユーザーを有償会員にして(=コンバージョン率を上げて)、長いことそのサービスにとどまってもらう(=解約率を下げる)こと。当たり前に思えるが、物販の場合はユーザーがいったん買ったら対価はすでに支払われていて、買った後で実際に使おうが使うまいがそのお金は基本的に帰ってこないけれど、サブスクの場合は、無料で試して面白くなければ有料会員になってもらえないし、気にくわないと思えばいつでも解約できる。よりきめ細かなカスタマーサクセス支援が欠かせない。しかも、コンバージョン率、解約率などのLTV (Life Time Value)指標をきちんとデータをみながらサービスの改善を継続的にやらないとすぐに解約されていしまう。

(参考記事)サブスクリプション型ビジネスで用いられるコンバージョン率、解約率、LTV指標

2. Zwiftに見るハマる仕掛けの数々

Zwiftには実に様々なハマる仕掛けがちりばめられている。さすが1億2千万ドルも資金調達した会社(2018年)。サブスクリプション・サービスとして学ぶべき仕掛けを列挙してみる

2.1 明確なターゲットユーザー

Zwiftのターゲットユーザーは、スポーツ用に自転車をそれなりにガチにやっている一般サイクリスト、またはトライアスリート。自転車競技選手はもちろんだが、週末のたびに自転車で外に走りに行くくらいの熱意のある層までをターゲットにしているのだろう。月に1回もスポーツ自転車に乗らない人は月額1650円をインドアサイクリングのために払うとは思えない。一方、サイクリスト・トライアスリートは高価な自転車やホイールを買ってでもより速く走れるようになりたいと思っているような人たち。中心となるのは40~50代男性、趣味にお金を払ってくれる層だ。そのターゲットユーザー層をくすぐる仕掛けがZwiftには山ほど詰まっている。

2.2 初期導入ハードルを低く

もともと、近年のロードバイク乗りはセンサーとインターネットを駆使してデータを見ながら走っている。スピード・ケイデンス(ペダル回転数)センサーとサイクルコンピューターで速度を見るのは当たり前。自宅にインドアトレーニング用のローラー台も持っている(けどあまり使われてない。私もその一人)。Zwiftを始めるには最低限スピードセンサーとローラー台の型番がわかれば、PCかスマホとつないで始められる。新たに買うものは少ない。もちろん、バーチャルな傾斜に応じて負荷を変えるようなスマートトレーナーがあったほうが楽しいし、高価なパワーメーターもついていればより正確なパワー測定ができるがそんなことはZwift始めた後からグレードアップしていけばいいわけで、最初は簡単に始められる。そして無料お試し期間7日間または25km走行までの間に有料ユーザーとして継続するかどうかを判断することになる。Zwiftとしては無料お試し期間にユーザーをハメる仕掛けを用意している。

2.3 継続インセンティブ(レベルアップ・メダル・チャレンジ)

Zwiftは一種のネットワークゲームだから、ポケモンGOのような他のネットワークゲーム同様に、レベルアップの仕組みがあり、レベルに応じてできることが増えていく。レベルと言っても速さではなくたくさんバーチャル空間を走ればレベルが上がっていくので継続していればレベルが上がる。無料期間の間にもレベルがトントンと上がるのを体験できる。有料ユーザーへのコンバージョンレートを上げるのには重要な役割だろうし、その後の解約率を下げる役割もある。レベルに応じて例えばアバターが着るジャージの種類が増えていくので楽しい。Zwiftのバーチャル空間を走っている人のジャージを見ればどれくらいのレベルの人かがわかるようになっている(自己満足の仕組み)。

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何かを達成すればメダルが増えていくし、走行距離や獲得標高などで設定されるチャレンジをクリアすればアイテムをもらえる(例えば新しい自転車。バーチャルだけど)。

2.4 継続した人へのご褒美(アイテム購入)

室内で自転車を漕ぐと、恐ろしいほど汗をかく。扇風機を回しているのだけど、実車のように前から風が吹いて来ないから床にポタポタ垂れるほど。Zwiftではその汗の粒を「ドロップ」と称して、走れば走っただけドロップがたまり、仮想通貨としてアイテム購入ができる。購入できるのは自転車のフレームとホイール。実物を購入すると何十万円もする高価なフレームやホイールが、汗の量に応じて購入できる(バーチャルだけど)。憧れの自転車に乗った気になるという自己満足だけでなく、その自転車の性能に応じてバーチャルの世界で速く走れるようになる。継続するインセンティブとしてはすばらしい。

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2.5 データ活用

Zwiftのバーチャルライドはすべてデータの世界。どれだけ速く走れるかの基本は、自分が出しているパワーを体重で割ったW/KG(パワーウェイトレシオ)。それに、自転車のエアロ性能だとか、ドラフティング効果(前の人を風よけにして走る)などが加味されてスピードが決まる。バーチャルなコース上には実際の自転車レースと同様にスプリント区間もあればKOM区間(King of Mountain: 山岳賞) もあり、過去の自己ベスト(PB)との比較もできる。PB更新を狙うというインセンティブが起きるから、また挑戦するし、そのためにトレーニングをする。トレーニングの結果はZwiftでも測定できるFTP (functional training power)という数値になる。こうして結果としてZwiftを使い続けるというループになる。

2.6 SNS的なつながりとコミュニティづくり

もともとサイクリストはGPSサイクルコンピューターの値をStravaやGarmin Connectのようなサービスにアップロードしてお互いに励ましあってトレーニングしている。Zwiftにも当然、そのようなサービスとの連動機能があってZwiftのバーチャルライドの結果はStravaなどにアップロードされる。Zwiftユーザー同士のフォローの仕組みもある。自分とつながっているユーザーは「ミートアップ」というグループライドに招待することができて、同じ時間に集まってZwiftでトレーニングするということができる。こうして他のユーザーと一緒にZwiftをやるようになると、周囲の友人の誘いもあってZwiftを継続する率が上がることになる。私もこのStay Home Weekの間、毎朝6時にロードバイク仲間の朝練ミートアップに参加していたので運動不足どころかZwift疲れで脚パンパン。下のスクショはNYセントラルパークを5人のミートアップで走っているときのもの。

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Zwiftのバーチャルライドを実行するPCやスマホのアプリとは別に、Zwiftコンパニオンというスマホアプリまで用意してあり、お互いにチャットしたりスクリーンショットを撮ったりできる。膨大なユーザーのマルチデバイスからのアクセスをバックエンドで支えているシステムはとても複雑な仕組みなのだがZwiftは見事に実現している。

2.7 飽きさせない仕組み(多彩なイベントとレース)

Zwiftでは冒頭の写真のTour for Allのようなイベントやレースが30分毎ひっきりなしに行われている。有名なプロサイクリストと一緒にバーチャル空間を走ることだってできる。昨晩のイベントはロードバイク日本代表の別府選手がガイド役を務めるのをTwitterで告知していたので、日本人が多数参加していた。いろんな新しい趣向のイベントに参加することでマンネリ感が出てこないので解約率を下げるのに効いているに違いない。

3. アフターコロナに向けて

Zwiftからこれまで距離を取ってきた私が4月から会員になったように、今回のStay Homeによって世界中のサイクリストがZwiftになだれ込み、スマートトレーナーの在庫がなくなる事態になっている。アフターコロナの世界でもスポーツジムへ行くよりも自宅でZwiftしたほうが安全だと考える人が増えるに違いないから、この流れはきっと一時的なものではないだろう。

4. Zwiftから何を学ぶか

IoTやらサブスクリプションサービスを考えている人が学ぶべき基本がちりばめられていたZwiftだが、趣味としてゲーミフィケーション要素が強いZwiftのようには行かないのが実際のサービスである。けれども、ユーザーが継続して使えば使うほど達成感が得られ、実際にユーザーにとってもメリットになるという仕掛けを用意しておくことはどんなサービスでも必須であろう。

また、アフターコロナの価値観、新しい生活様式とちょうどマッチして自宅トレーニングを実現したZwiftのように、これまで現地に行かなければならなかったことをリモートでできるようにするという価値を明確に提供しなければいけないだろう。

さて、ここまで読んでZwiftに興味を持った人には下記のスタートガイドがZwiftの中身や始め方についてわかりやすい。別に勧誘しているわけではないのだけど、サブスクリプションサービスの中で最も重要な指標の一つでNPS (Net Promoter Score)というのがありまして、他人に勧めたくなるくらい顧客ロイヤルティを高める、ってのにハマったということかな (笑)

参考記事: サブスクリプションの戦略にはどのようなものがある?



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