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家に帰るまでが遠足です、6月或る日の日記

梅雨の晴れ間は、パラグライダー的に「良い日」になりやすい。週末の天気が晴れ予報だと、パラグライダーエリアにはそれを期待した飛ぶ人たちがたくさん集まってくる。

そんな週末の或日、私もいつものホームエリアへ飛びに行った。予想通り今日はひとが多い。30名ほど。よく見る顔も少なくない。この日は遅刻せずに到着したので、朝のブリーフィングが始まる前に久しぶりのひとと世間話したり、最近検定に合格した方を称えたり。パイロット証を取ったばかりの彼は謙遜しつつも「色々なところに行って飛びたい」と嬉しそう。

今日は曇りのち晴れ、夏日になる予報。

朝9時過ぎは雲が優勢。まあ段々と晴れてくるでしょう…と、山頂にある離陸場(テイクオフ)へと移動する。11時くらいになると、雲は多いが日射もそれなりに出てきた。だいたい期待通りの空模様。上手な先輩たちは(6kmほど先にある)筑波山に行くぞ!と盛り上がっている。私は筑波山まで行った経験はまだない。行けたらいいなぁと思いつつ自信はないので、黙々と準備をする。

みんなが出始めるタイミングで、私も離陸。飛び立ったは良いものの、なかなか高度を上げることができない。少しでも上昇気流がありそうな場所を探して移動する。もがく。もがいているうちに、ジリジリと高度を上げることができた。しかし一番高い場所にいる機体まで追いつくことができない。この日はずっとこの「上がる。しかし一番高い場所にいる機体に追いつくことができない」という状態が続いた。こういうとき、私はまだまだヘタだな…と痛感する。ヘタっぴなりに頑張るしかない。

上手な先輩の一人が上げているのを見つけて、それを追いかける。先輩のおかげである程度の高度(具体的には高度1100m)まで上がったので、南にある筑波山へと向かうグループを追いかけることにした。

筑波山へ行くには、連なる山の上を高度を落とさずに滑空(ハイキングでいうならば縦走)しなければならない。どうしても高度が落ちることはあるが、落ちたら上げ直さなければならない。これが難しい。上手なひとたちは颯爽と滑空していくが私はうまく付いて行けない。高度が落ちたら上げ直して移動…を繰り返し、私はマイペースに少しずつ南下することにした。

南下しはじめた途端に高度がどんどん下がり、もうあきらめようかと思うタイミングもあった。しかし、あきらめかけると強めの上昇気流にぶつかることが2度、3度と続く。これは空の神様が行けって言ってるのね!と都合よく解釈して、この日一番の高さ(1360m)ま上げたあと、覚悟を決めて一気に南下した。

どうにかこうにか、筑波山の頂上を拝める位置にたどり着いた。
新緑混じりの山肌がきれいだった。

空中から記念撮影

しかし遠足は行って終わりではない。帰らなくては。行きは向かい風だったので進みにくかった(速度が遅かった)が、帰りは追い風なので進みやすい。追い風なら速度が早く、楽々と出発地点近くの着陸場まで戻れる…はずだった。

いや、帰りのほうが進みやすかったのは事実だ。行きの平均時速が約20km/hで、帰りは平均40km/h程度。しかし、帰りは高度が全然上がらない…上がらないどころか、めちゃめちゃ下がった。通常パラグライダーは毎秒1メートル下がるところ、このときは毎秒2メートルで下がり続けた。少しでもマシなところはないかと模索したが、焼け石に水だった。

そして着陸場にたどり着く前に、高度がなくなってしまった。

高度が足りなくなる可能性が出てきた時点で、私の頭はフライトモードから着陸できる場所探しモードに切り替わった。人間は鳥ではないので、自力で高さを上げることはできない。辿り着ける範囲で、無事に降りられるのはどこか。不時着して怪我したり田畑を荒らしたりしたら「筑波山がきれいだった」と呑気に振り返ることもできない。色々想像すると焦る。焦る心を鎮めて、落ち着いて、探す。降りれそうな場所を見つけたら、どういう軌跡で着地するかイメージする。イメージしたとおりに、動く。どうにか田畑の横の空き地を見つけて、周りを荒らすこともなく着地することができた。

着地後、帰るべき着陸場までの距離をスマホで確認しつつ、着陸場にいるインストラクターへ無線連絡を入れる。「アウトランディング(着陸場以外へのランディング)しました。XXの近くです。怪我などなく無事です。」車で迎えに来て…と頼むか一瞬悩んだが、場所の連絡だけにした。徒歩20分ほどの距離だから、一人で帰れるだろう。空き地横の道路で手早くパラグライダー道具を片付けて、ザックに詰めて、背中に担ぐ。私のパラグライダー荷物は約13kg、軽くはないが背負っても普通に歩ける程度の重さだ。20分くらいなら全く問題なし。

田畑の続く田舎道をてくてく歩く。5分ほど歩くと、少し大きめの車道があった。ちょうど車が一台こちらに向かって走ってきたので、見送ってから横断しようと思ったら、車は私のすぐそばで停車した。中から見知った顔が出てきた。パラグライダー仲間のKさんだ。

「Kさん、もうお帰りですか?」と声をかけると、
「なに言ってるの、かにさんを迎えに来たんだよ!」と優しいお言葉が返ってきた。

ご厚意に甘えて、車に乗せてもらった。

荷物を後ろに乗せて助手席に座ると、5分もかからずに着陸場に着いた。車ならあっという間だし、快適だ。ありがたいなぁ。Kさんの優しさに感謝しつつ、次はちゃんと自力でホームエリアまで帰ってこないと「筑波山に行った」とは言えないな…と反省。家に帰るまでが遠足なんだから。


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