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10年10万kmストーリー 第59回 メルセデス・ベンツ320TE(1992年型) 29年31万4000km

 緊急事態宣言やまん延防止措置等重点措置などの自粛期間を避けながら、ときどきクラフトビールを飲みに行くのがコロナ禍での大きな楽しみになっている。
 その店は大通りと川の間にあって、元は小さな印刷工場だった。内部を改装して、1階が店で2階と3階でビールを造っている。
 僕の家からは川の北側をずっと歩いていって、最後の橋を渡って南側に出るのが一番速いのだけれども、最初に川を渡ってしまってずっと南側を歩くこともある。時々ひやかすアートペーパーショップやカフェがあったり、北側にある庭園が南側からの方が川を挟んで良く眺められたりするからなのだけれども、もうひとつ僕には楽しみがあって、それはきれいに乗られているメルセデス・ベンツ320TEが駐まっている家の前を通るからなのだ。

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 320TEは、そのお宅に駐まっている時もあれば、出掛けて留守の時もある。規則性はなさそうな感じだ。いつもきれいにされているから、マメに手入れされながら日常的に乗られているのだろう。
 ガンメタリックグレーのボディカラーに、おそらくSクラス用らしい純正ホイールを履いている。320TEのエンブレムが付いているから、W124シリーズとしては後期のモデルとなる。卓越した運動性能と上質な造りなどから、今でも人気が高い。とは言っても、最初のモデルが日本で発売されたのが1986年のことだったから、コンディションの良い個体が少なくなっている。
 きれいなボディであるとともに眼を惹くのが、フロントグリルのエンブレムだ。当時のディーラーだったヤナセが、メルセデス・ベンツをずっと乗り続けているユーザーを表彰するために贈っていたものとして良く知られている。
 それが、なんと五つも付いているのである。

 100000km
 200000km
 15years
 20years
 300000km

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 今まで、エンブレムが付けられたメルセデス・ベンツは何台も見たことがあるけれども、こんなに付けられているのは初めてだ。20年のものと30万kmのものがあるから、それ以上の期間と距離を乗り続けられているのだろう。いったい、どんな人が乗っているのだろう?
 いちど話を聞いてみたいと願いながら、いつも前を通っていた。ビールを飲んでいるばかりではなくて、用事や散歩の途中で前を通ることもあって、ピカピカの姿を見ると「まだ、あった!」と、ホッとしてしまう。
 その日も、少し遠いけれども品揃えの良い書店まで散歩を兼ねて向かっている途中だった。50メートルぐらい手前から、320TEが停まっているのが見えた。
「ああ、今日も駐まっているな」
 いつものように、ちょっとうれしい気持ちになりながら歩いていったら、信じられないことが起こったのである。

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 なんと、玄関のドアが空いて男性が出て来たのだ。千載一遇のチャンスだ。小走りになって、なんとしてでも男性に声を掛けようとした。男性は320TEを通り越し、建物の横に入って、すぐに出て来た。間に合った。
「いいクルマですね。エンブレムを見ると、ずいぶんとお乗りになっていらっしゃるのですね?」
「そうなんですよ。エンブレムは、初めのうちはケースに立てて家で飾っておいたのですけれども、ぜんぶ出して付けちゃいました。これなんか、グリルに穴を開けて付けたんですよ」
 10万kmのものは他と違って、2本のビスでグリルに固定してある。

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「いつもここを通っていて、きれいに乗られているのに感心して眺めていたんです」
「ありがとうございます。きれいに見えるのは、シリコンを使うんです」
「シリコンですか!?」
「ええ。水で洗車した後に、水を含ませた布に液体のシリコンを付けて、クルマを撫でるように塗るんです。そうすると、汚れが付かなくなりますよ」
 シリコン塗布は初耳だったけれども、確かに効きそうだ。
「1992年型の320TEです。新車でヤナセから買って、もう31万kmを超えました」
 僕は自己紹介をして、さらに質問を続けた。
「以前は、東北や九州までこれで良く出掛けていましたけど、最近はそういうこともなくなったのであまり距離は伸びていませんね」
 オーナーさんは、質問に丁寧かつ十分以上に答えてくれた。暑い中の立ち話は恐縮なので、日時を改めて詳しく聞かせてもらうことになった。

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