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二拠点生活高原編

トヨタ・スポーツ800 TOYOTA Sports 800(1967年型)


 日本では、真夏と真冬以外の毎週末、どこかで必ずクラシックカーのイベントが開催されている。
 時代考証やコンディションなどについての厳格な審査が行われるようなものから、今でも現役で街を走っているぐらいのちょっと古めのクルマでも気軽に参加できるようなものまで、規模や内容は実にさまざまだ。
「最近では、イベントに“呼ばれて”参加することが多くなりました。以前は、自分で探して参加申し込みをしていましたから、様子は変わりましたね」
 そう語るのは、1967年型のトヨタ・スポーツ800に1970年から乗り続けている三浦孝一さん(75歳)だ。

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 三浦さんが、もう49年間スポーツ800に乗り続けていることが人づてにイベント主催者たちに知れ渡り、ぜひ参加して欲しいと招待されることが増えたのだ。
 スポーツ800と同じ時代の、同じくらいのエンジン排気量を持つスポーツカーにホンダS800やS600がある。これらも人気があるが、イベント主催者としては時代を象徴する両方に出展してもらいたくなるのだろう。
 車名も似ているけれども、実は2台には異なったクルマ造りが行われている。ちなみに、クルマ好きの間でトヨタ・スポーツ800は略して「ヨタハチ」と呼ばれ、同様にホンダ・S800が「エスハチ」、S600が「エスロク」と呼ばれている。
 ヨタハチがコロンとした丸いボディを持っているのに対して、エスハチは前後フェンダーの峰を明確に表現したコンバーチブルだ。取り外し可能なハードトップに対して、折り畳み式のキャンバス製トップも対照的だ。エスハチやエスロクには、フィクストヘッドのクーペもあった。
 エンジンも、ヨタハチが同時代のコンパクトセダン「トヨタ・パブリカ」用の空冷OHV水平対向2気筒を流用している。それに対してエスハチは専用設計で、ホンダがF1や2輪の世界グランプリを制覇して培った技術を投入した9000回転も回る、当時としては超ハイスペックのDOHCシステムを誇る4気筒だ。
 ヨタハチの丸いボディやプラスチックカバーで覆われたヘッドライト、手動開閉式のフロントグリル、丸味を帯びたテールなどは空力特性を意識したものだ。
 サスペンションなどもパブリカから流用し、580kgという超軽量を生かしながら限られたエンジンパワーを有効に使うかに腐心したヨタハチに対して、パワーそのものを精緻なエンジンを造り上げて絞り出そうとしたエスハチ。クルマ好きならば、イベントで2台の対比を見たくなるのも自然のことだろう。

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 三浦さんは1970年にこのヨタハチを東京の中古車店で38万円で購入した。釣り銭の中から50円硬貨だけを何年も使わずに貯めた“50円貯金”を元手にした資金だった。
「本当はエスハチが欲しかったんですけれども、高くて買えなかったのですよ。ハハハハハハッ」
 三浦さんは微笑むが、49年間も乗り続けてきたのだから、今ではヨタハチは三浦さんの分身のような存在となっている。
「買って10年目ぐらいの時に、なんとなく他のクルマに買い換えようかなと考えたこともありました。それまで、短期間で乗り換えてばかりいましたから」
 ヨタハチの前には、ダイハツ・ハイゼットバン、スバル360、ホンダN360と軽自動車ばかりを5年間に3台乗り継いだ。

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 三浦さんと会ったのは、夏。北軽井沢の別荘を訪ねた。都内に自宅を構えているが、7月から9月の夏には蒸し暑い東京を抜け出して、高原地帯の北軽井沢で過ごしている。
 そのガレージが特徴的だった。輸出入などに用いる大型コンテナを二つつなげ、壁を取り払ってクルマが5~6台は余裕で収まる。
 その土地は別荘のための分譲地で、三浦さんは両親から相続した区画にガレージを建て、すぐ近くにもうひと区画を自分で購入し、別荘を建て、そちらに起居している。
 あいにくと、2014年に追加して購入したジネッタG5はレストアが長引いたために、その日はヨタハチしか収まっていなかった。
 コンテナをつなげたガレージだが、中は三浦さんの好きなもので飾られ、まるで家にいるような心地良さがある。高校卒業と同時に就職したキリンビール社に所縁のあるグッズ類や、ミニチュアカー、写真や絵画、ゼッケンプレートなど。圧巻は、今まで訪れたクラシックカーイベントのプログラムの表紙を額装したものが50余りも並んでいる。
「古いイベントの上に新しいものを重ねてしまっているから、実際にはこの何倍もありますよ」

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 夏の3か月間、三浦さんはこのガレージでヨタハチやG15を手入れしたり、高原道路を走って楽しんでいる。
 軽井沢は日本有数のリゾート地だが、ここまで来ると喧騒からは離れ、森の中で静かに過ごすことができる。ここに立派なガレージと別荘を構え、夏を過ごすことができるなんて、羨まない人はいないだろう。
 僕のような俗人は、静か過ぎて寂しくなってしまうのではないかと心配してしまうが、そうではないようだ。
「クルマも安全に保管できるので、クルマ好きの友人たちがたくさん訪ねてきてくれるので寂しくなることはありませんよ」
 やっぱり、そうだったか!
 ここを訪れたご友人に、僕も三浦さんを紹介されたのだった。
「ええ。あの時は、ここから群馬県の水上まで走って行って、クラシックカーのイベントに参加しました。水上までは山の中を走るルートだったので、スポーツカーを楽しむのにはピッタリでしたよ」
 そう、軽井沢は高原にあるので、ここを起点にさまざまな山岳道路を走って、いろいろなところへ旅することができる。首都圏の渋滞に巻き込まれることがないので、行動範囲も広がる。それに、連続する峠道とアップダウンはスポーツカーを楽しむにはもってこいの環境だ。
 快晴の下、浅間山の周辺をヨタハチは走った。取り外し式のルーフを外してオープンで走ったので、三浦さんは風に当たって気持ち良さそうだ。
 現在までの走行距離は約13万km。ふだんの整備や車検などは都内のトヨタディーラーで行ってもらっている。エンジンやトランスミッションなどはオーバーホール済みで、デフも新品に交換してある。
「パーツは今でもだいたい手に入ります。オーナーズクラブの仲間同士で融通し合うこともありますからね」
 母親の介護のために58歳でキリンビールを早期退職したので、現在は趣味を第一に生きている。クルマに乗らない時は、もうひとつの趣味である鉄道模型を楽しんだり、区大会で準優勝したこともあるバドミントンで身体を動かしている。
「今年のイベント参加は9回の予定です。ここ数年はずっと8回だったのですが、ひとつ増えました」 
 トヨタには2000GTという大看板があるけれども、ほぼ同世代のヨタハチもオリジナリティが高く、今日でも人気が高いのも頷けてくる。
「千葉県の松戸で行われたクラシックカーイベントにオペル1900GTで参加された92歳の方と知り合ったのですが、その人を目標にして私ももうちょっと楽しみたいですね」
 三浦さんは“もうちょっと”などと謙遜するけれども、そんなことは言わずに“目一杯”楽しんで下さい。ヨタハチがとても良く似合っていますよ。

(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com

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