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いつのまにか根付いた偏見を取り除くのは至難の業で

ローズマリーの挿し木をしてから2週間経った。なんか鉢植えがものすごいさみしくなってるのは、明らかに根付いていなくて枯れてるなというのを取り除いたから。各植木鉢、それぞれ1本は緑の色が濃いのがある。たぶんこれは生きてるはず。この子たちだけでも根付いてくれていたらいいのだけども。

昨日、7万字の小説を書き終わって提出した。半年以上前から約束していた電子書籍の女子向け恋愛エロありライトノベル。依頼をいただいたときは忙しすぎてお断りしようかと思ったのだけど、半年後ならということで引き受けた。本当に書けるかどうか自分を疑っていたのだけど、コロナで取材案件や予備校授業がなくなったため、書くことができた感じがする。読んでもらえるのは2か月後くらいかな。

小説を書くのはものすごく大変だけども、やっぱりわたしは小説家でいたいなと思ってしまう。でもこんな状態で小説家を名乗っていいのだろうかと葛藤もある。わたしは、有名な賞を取って文芸誌に載って本屋に本がいつも置かれている小説家ではないことにいつもコンプレックスを抱いていて、賞さえとればまずはそれが少しは解消されると思っていた。今朝までは。

昨夜、Kindle unlimitedで見つけた『世界中の億万長者がたどりつく「心」の授業』(ナミ・バーデン/河合克仁・共著)を読み終わった。世界中のトップビジネスマンや大富豪が受けているインドの有名な「心の授業」を紹介する本。エッセンスはとてもシンプルで、無意識のうちに執着している自分の理想像に気づき、それが本当に必要かどうかを見直す(=悩みの正体に気づく)ということ。そのためにネガティブな思いを抱いたときに湧き上がる心の叫びを15個書き出せば、そこから見えてくるものがあるらしい。

本の中にはいろいろな人の具体例が載っていて、それらを読んだ方が自分の結果を解釈しやすいので、ぜひ読んでほしい。

自分の感情を書き出して分析するというのはわたしも普段ひとに薦めているので、面白いなと思って今朝、試してみた。すると、とてもじゃないけど見せられない醜い心の叫びの数々が湧き出てきた。15個書くのは大変で、だからこそ深層心理が出てくるのだけども、書きながら、わたしはもしかして電子書籍やライトノベルや官能小説を馬鹿にしているのだろうか、と思った。でも何だか違った。どうやらわたしがこだわっているのは原稿料とか売上らしい。おいおい。原稿料がライターに比べて安いとか、無料なら読んでくれるのに買って読んでくれないとか、こんな安い添削料なのはおかしいとか…。

なんだこれは…と、自分にドン引きした。小説の価値は売れるか売れないかで決まらない。稼ぐか稼がないかで作家の価値も変わらない。当たり前のことだ。生前、小説の原稿料で生計をたてられなかったカフカの作品は価値がない、なんてという人がいたら、ちょっと距離を取りたくなる(もちろん読んで面白くなかったというなら、それはひとつの意見なので尊重する)。

お金を稼ぐ人が偉い、という価値観が世間にはあって、それに何の疑いももたずに「そうだ」といえる人と、「それは違うよね」と思う人がいて、わたしは後者になりたいし、なっているつもりだった。でも、いまだにわたしは「お金を稼ぐ人が偉い」と考えていて、だから「小説を書いてお金を稼がないと小説家として認められない」と悩んでいるのだと気がついた。

公務員の娘として、経済的につつましやかではあるが何不自由なく育てていただいたはずなのに、いったいどうしてこうなってしまったのだろう。一流企業に就職してばりばりお金を稼ぎたいなんて思っていたら、そもそも大学院になんか進まなかったはずだ。だからたぶん、歪んだのは大学院にいた6年間。この22歳から28歳という二十代のほとんどの時期を研究室で過ごしたことで、わたしのコンプレックスはふつふつと醸成されてしまったのだと思う。なぜなら、同級生たちは社会に出て給料をもらって稼いでいるのに、わたしは奨学金という名の借金を増やしながらお金を払って毎日朝から夜遅くまで世の中の役にたつかどうかわからない実験をし続けていたからだ。それがとても苦しかった。

目的意識をはっきり持って大学院に進み、研究者になるんだと強く願って入っていれば、そんなコンプレックスは抱かなかったと思う。だけど、ただ何となく、就職したくないし、せっかく何かわかりかけたのにもっと勉強したいなと思って、あまりよく考えずに博士まで行ってしまった。

昔も今も、生活できてときどき好きなことを楽しめるお金があれば、それでいいと思っているし、お金はあまり使わないし、しかも小説以外の仕事で生活の糧を得ることはできているのに、小説家として認められているという実感を得るために、わたしは高額で能力を買われたがっている。矛盾している。わたしが目指したい小説は必ずしもたくさん売れたベストセラーと呼ばれるものばかりではない。

お金=人の価値という考えにとりつかれていると、稼いでいない人を見下すことにつながる。そんなのは絶対に間違っているし嫌なのに、わたしの中にはそんな心がある。それがわたし自身を見下していて、わたしはそれに苦しめられている。

いつ、解脱できるかしらね。

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。゚(゚´Д`゚)゚。ありがとうございます…!
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京都在住の小説家です。医学博士(京都大学)です。理系ライターもやっています。 お仕事や活動履歴などはHPにあります。 https://kanchikuizumi.amebaownd.com/

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日々、考えたことを少し長い文章で。まだまだ人として未熟だからきっと考えは変わっていくのだろうけれど、その途中過程を書いておきたい。

コメント (2)
お金=人の価値か。
難しい問題ですよね。

確かに稼いでる人が全てではないですが「自分のやった仕事」や「生み出したもの」に価値が生まれるって感覚が僕は好きです。

なのでこれはあくまで僕の意見ですが、「お金=人の価値」という感覚をネガティブに捉えるのではなく、むしろそれを大事に持ち続けてもいいんじゃないかなと思います。

そうすれば自分の創作にも張りが出るかと😅
コメントありがとうございます!
そうですよね。お金をもらえるというのもひとつの評価なので嬉しいですよね。
ただお金は需要と供給のバランスで決まるので、今の世の中では、企業の広告などに比べたら小説の方がどうしても稼ぎ出すお金は少なくなります。かといって広告より小説の方が価値が低いということは決してないと、小説家として思いたいです。お金では測れない価値を生み出す仕事だと誇りを持ってやっていけたらなと思います😌
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