心の動きを書く方法

 もったいぶっても何ですから、エッセイで一番大事な極意「心の動きを書く方法」を説明します。これはわたしがいつも自分はどうやっているのかなと考えて何とか言語化したものなので、他の書き手さんがどんなふうに書いているのかは知りません。普通は無意識にやっていることを、説明するので難しいのですが、とりあえずこれを試してみて、そこから自分なりの方法を見つけてみてください。

<心の動きを書く方法>
①書きたいものが目の前にある、または書きたい場所にいる状態をありありと想像する。
②その時の自分の心を観察する。
③まずは簡単な言葉で心の状態を表してみる。
④③で出てきた言葉を、もっとぴったり言葉はないか探してみる。

 わたしが感情を書くときは、この四つのステップを必ず行います。小説の登場人物の心情を書くときも同じです。

 それぞれにコツがあります。①は過去の経験の場合は、その場にタイムトリップするような感覚です。頭で考えるのではなく、書きたい瞬間に自分の体を飛ばして、そこで見えるもの、聞こえるもの、感じるものをすべて受け止め、自分の心を観察します。②は①が成功すれば自然にできるはずです。③のコツは先入観を捨てて根気強く観察することです。何も感じないという状態は観察が足りないだけだとわたしは思っています。エッセイに書きたいと思った以上、何かあるはずです。自分の感情が分からない場合(よくあります)は、まずは「いい気持ち(快)」か「悪い気持ち(不快)」かの二択から選んでみることをおすすめします。自分の心に問いかけてみるのです。そうすると、思わぬ言葉が出てくることがあります。大好きな友人と一緒にいるのに、「不快」な気持ちを自分の中に発見することもあるのです。そんなことあり得ない、そんなふうに感じてはいけないとあなたの理性は警告をして却下しようとするでしょう。でも、無視して④のステップに進んでください。恐れず、その不快の正体を突き止めてください。するとそれは、たとえば「さみしい」という感情だったりするかもしれません。あなたが悩みを抱えていて、でもそれを友人に見せないように明るく振る舞っていて、友人がその明るさに騙されて少しも心配してくれなかったとき、あなたの試みは成功したのに「さみしい」と思うでしょう。不快なのは友人のせいではない。でも、そう感じたのは気のせいでもなかったのです。


 ここでのポイントは①を必ず行うことです。多くの人は感情を描写するときにわざわざ想像力を働かせたりはしません。テーマパークに行って楽しかったことを文章で伝える場合は、「テーマパークに行って楽しかった」という既に言葉としてアウトプットされて固まった記憶を頼りに文章を書きます。それは、自分の心を見つめてじっくり考えて出てきた言葉ではありません。よくある感情のパターンから適当に三秒くらいで決めた言葉です。下手をすると、テーマパークに行ったんだから楽しかったに決まっているという固定概念だけで書いてしまうこともあるでしょう。そうすると、自分の心を見つめる作業は飛ばしてしまいます。書かれた文章にもあなたのオリジナリティは出てきません。オリジナリティだけではありません。あなたの本当の気持ちも出てこないのです。 


 実は、感情を言葉にするというのはとても難しく時間がかかる作業です。今までそういう訓練をしてこなかったので、自分の感情がどうなっているのかを感じ取ることも、それを言葉で表現することも、すぐにはできない場合が多いのです。子どものときは今よりも自由にのびのびと感情を表現していたでしょう。でも、泣いてはいけませんとか我慢しなさいとかわがまま言わないのとか言われて、感情を表現しないようにしつけられていきます。大人になって自分の感情を人に話す機会はぐっと減ります。集団で仕事をするときは、湧いてくる感情を自分で押し殺すことも多いでしょう。そうして「ネグレクト(育児放棄)」された感情は、やがて、表現能力を失い感じること自体をやめてしまいます。


 心の動きを書くためには、人によっては、このように長年ネグレクトされ続けた感情から言葉が出てくるのをじっと待つ作業が必要になります。言葉足らずの幼児に話しかけるように、「それはいい気持ち? 悪い気持ち?」と選択肢を与えて少しずつ言葉にしていくのです。しびれを切らして、「ああ、きっと楽しかったのね!」と勝手に決めつけてはいけません。上で紹介したステップをきちんと踏んで、忍耐強く観察していくのです。そうすることで、初めて出てくる言葉があります。それは自分でもびっくりするような言葉だったりします。たとえば、子どもがあやうく大けがをしてしまうようないたずらをして、我を失うほど叱ってしまったけれど、そのときにタイムトリップして自分の気持ちをよくよく観察したら、自分の心にあったのは「怒り」ではなく「恐怖」だった、ということがあるかもしれません。子どもを失うかもしれなかったという恐怖が冷静さを奪って、叱るという行動に駆り立てたのかもしれません。もしそうだとしたら、子どもに対して「怒ってごめんね、お母さんは〇〇ちゃんが死んでしまうと思って怖かったんだよ」と伝えることができるかもしれません。


 表に出てくる表現やセリフと奥底にある感情は食い違っていることもあるのです。その奥底の感情に注目して、丁寧に取り出してそっと差し出すのがエッセイの役割なのではないかとわたしは思います。


 次は「心を書く」ときに、ついやってしまいがちな失敗を紹介します。

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京都在住の小説家です。医学(博士)です。理系ライターもやっています。

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