第6話 マンゴーチューハイと年上の女性|2014年9月

「合コンしようぜ」

 と、佐々木が言った。幸彦は、佐々木の顔を見ると、その言葉をかみしめるように味わった。大学生活が始まって5か月目にして、ようやく大学生らしい言葉を聞いて感動したのだ。幸彦が黙っているので佐々木はため息をついた。

「やっぱり駄目か。幸彦、そういうの好きじゃなさそうだもんな。無理はしなくていいよ。他の人探すから」

「行く」

 大きな声が出た。

「なんだ、行くのか。気合い入ってんな。いいぞ。その調子で盛り上げてくれ」

「いや、でも、盛り上げてくれって言われても、俺、合コンとか行くの初めてだから」

「実は俺もだ」

 佐々木の意外な言葉にほっとした幸彦は、佐々木と自分とでは「初めて」の理由が違うことに気がついた。

「お前、甲本さんは?」

「別れた」

 スマートフォンをいじりながら、佐々木は言った。え、う、あ、と幸彦はうめいた。驚きすぎて次の言葉が出てこない。

「別れたっていうか、振られたのかな。とりあえずいったん解散して他の人も見てみようよって言われた」

「いつ?」

「一か月くらい前かな。お前、知らなかったの? 大学では結季といつも一緒にいるんだろう? もう、伝わってると思ってたよ。というか、新しい彼氏できたって聞いたとき、相手はお前かと思った」

「違う」

「知ってる。合コンで出会った相手だって」

 う、と、また幸彦はうめいた。甲本さんにそんな劇的な変化が起きていたのに、まったく何も気づかなかった。そんな自分の鈍さもショックだったが、別れたことをひとことも知らされないままさっさと他の人とくっついてしまうなんて、俺はどれだけ甲本さんの眼中にないんだ、ということにもショックを受けた。

「あと三人、誰にしようかな。こういうのはメンバーのバランスが大事なわけ。ジャニーズのグループを見てみろ。キャラがかぶらず、いろいろな種類をそろえてパッケージ化することで、人は、『選ばない』という選択肢を忘れて、この中からどれかを選ばなければと錯覚してしまう。たとえば、明るくてちょっと三枚目のリーダー格と」

 と言って、佐々木は自分を指さした。

「マイペースで物静かな孤高の美少年」

 幸彦を指さして、まあだいぶ盛ってるけど、とつけ加えた。

「あとは悪の魅力を醸し出している不良系と、知的な眼鏡男子とスポーツマン」

 佐々木の論理は机上の空論というやつに思えたが(そして誰とも仲良くなれそうにない気がしたが)、幸彦に代替案がない以上、従わざるをえない。

「で、女の子の方は?」

「ああ、そっちは大丈夫。知り合いに任せてるから。たぶん、彼女ならばっちり集めてくれると思う」

 幸彦は差を見せつけられたようでため息をついた。彼女がいる(いた)上に、女の子の知り合いまでいるなんて。佐々木はキャンパスライフというものを存分に満喫している。

「ところで、お前、年上は好き?」

 聞かれて、とっさに果穂の顔が思い浮かんだ。頭を振ってそれを打ち消すと、どっちかというと苦手かも、と幸彦は答えた。

 合コンの日に向けて幸彦がやったことは本屋でメンズファッション誌を買うことだった。そして隅々まで読んでモテるための服装を研究し、服を新調した。そして、当日は、普段は使わないワックスを使って髪の毛をつんつんと立てた。何回やっても雑誌のようには決まらないのは髪型というよりは顔のせいかもしれない……と弱気になりかけた気持ちを無理矢理押しやって幸彦は家を出た。

 それでも不安になって、飲み会のお店のエレベーターについている鏡で髪型をしきりにチェックしていたら、

「ゆきちゃん、今日は決まってるね」

 と、声がした。果穂だった。幸彦は動揺をなんとか押し殺して平然とした顔をする。金曜の夜だ。広い東京とはいえ、たまたま同じビルに入っている店で飲み会をやってるということもあるだろう。

 果穂はいつものパンツスタイルではなく、ノンスリーブの白いブラウスとふんわりとしたスカートを合わせていた。

「何階? どこ行くの」

「同じとこ」

 そのとき、ピロンと音がして果穂の手に握られていたスマートフォンにメールが入った。

「佐々木くん、少し遅れるって」

 と、果穂は言った。

 幸彦は酸欠状態の金魚のように、口をぱくぱくさせて果穂を見た。なんで果穂が佐々木を知っているんだろう。

「あ、そうだ。合コンでは他人のふりしててね。なんか叔母さんって呼ばれたら、とたんに年寄りみたいな感じがするから」

 叔母さんなんて呼んだことない、と、幸彦は心の中で反論した。かといって、みんなの前で年上の女性を名前で呼び捨てるわけにもいかない。

「あ、大丈夫よ。他の子はみんなちゃんと若いから、安心して。専門学校の後輩たち連れてきたの。わたしは今日は保護者かな」

 エレベーターが到着した。扉が開いて、女の子たちのかたまりが見えた。「果穂さん!」と黄色い声を挙げてみんなが一斉に手を振った。女の子たちは幸彦と同じ歳くらいだろうか。でも、正直、果穂が一番きれいだった。経験を重ねている分、おしゃれも洗練されている。周りで甲高い声で騒いでいる女の子たちが幸彦の目には魅力的に映らない。何だか、白雪姫と七人の小人、みたいな。

 いかんいかん、と幸彦は首を振った。甲本さんといい、果穂といい、変な女たちに振り回されているせいで、女性観が変になっている。駄目だ。俺は、普通の女の子と普通の恋愛をするんだ。今日はそのためにやってきたんだと決意を固めてこぶしを握ったところで、肩を叩かれた。

「よお。気合い入ってるな。いい感じだ」

 遅れて到着した佐々木だった。佐々木はモード系の服で決めていた。お店に行って、分からないから全部選んでくださいと言って選んでもらったような、カタログどおりの着こなしだった(実際後で聞いたらそのとおりだった)。二十代後半の落ち着いた大人の女性に受けそうな格好、という考えが透け透けだ。果穂と嬉しそうに話している佐々木を見ながら、「年上は好き?」という質問に、お前はどうなんだと聞き忘れたことを幸彦は思い出していた。

 初めての合コンは楽しかった。浪人を経て入学した幸彦と佐々木は二十歳になっていたし、佐々木が連れて来た三人も予備校時代の同じ浪人組で、幸彦も何となく顔見知りではあったから気を使わなくてよかった。ビールは苦くておいしくなかったけれど、マンゴーチューハイは気に入った。女の子たちと話すのは緊張したけれど、佐々木のおかげで盛り上がった。そうだ、これが青春だ、大学生だ、と幸彦はお酒のせいでふわふわした頭でそう思った。しかし、たぶん、「彼女をつくる」という意味では収穫はなさそうだった。それもこれも果穂が常に隣にいたせいだ。他人のふりをしろと自分で言ったくせに、やたらと幸彦に話しかけてくるのだ。佐々木からは嫉妬の視線を注がれるし、女の子たちからは売約済みのレッテルを貼られて恋愛対象外になってしまった。と、いうのが幸彦の楽観的な読みだったが、単純に幸彦が女の子にもてなかったから果穂が相手をしてくれていたという可能性ももちろんある。

「果穂と俺は親戚同士だって、佐々木に言っていいかな? このままじゃ友情のひびが入るんだけど」

 夜道を果穂と並んで歩きながら、幸彦は言った。佐々木が送ると申し出たのに、果穂はそれを断って、幸彦くんに送ってもらう、と言ったのだ。佐々木ににらみつけられながら、幸彦はがんばって迷惑そうな顔をした。大丈夫だ、佐々木、言っただろう? 俺は年上は苦手なんだ、と目で訴える。

「え、なんでひびが入るの?」

 男心を察しろよ、と幸彦は心の中で叫ぶ。佐々木が今回の合コンを企画したのは、果穂と仲良くなるためだということは、はたから見ていて明らかだった。

「でも、わたしとゆきちゃんが親戚同士だってことを言うと、今度はゆきちゃんと結季ちゃんの友情のひびがはいるかも?」

「結季ちゃんって……」

「甲本結季。わたしのお客さんなの。あれ、どっちもゆきちゃんだね」

「いや、そこはどうでもいいから。すごい偶然」

「偶然じゃないよ。結季ちゃんがお父さんの相手を見たいって探し当てたんだから。佐々木くんと知り合ったのも、その縁かな」

「頭痛い」

「飲み過ぎたんだよ。子供なのに」

 くすくす笑う果穂を見ながら、幸彦は顔をひきつらせた。もう幸彦の理解を超えている。何がなにやら分からない。そのとき幸彦の携帯電話がピロリンと音をたてた。

——果穂さんに何かしたら絶交だからな。

 佐々木からだった。

「あ、女の子から連絡あったんでしょ? どの子から?」

 果穂が楽しそうな声をあげて幸彦の携帯をのぞきこんだ。

 合コンなんてもう二度と行くものか、と幸彦は思った。

(つづく)

絵・木村友昭

初出:日本リフレクソロジスト認定機構会報誌「Holos」2014年9月号

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