魂をなくして生きられないすべての人へ―「私」のための現代思想(光文社新書)

電子書籍Kindleのいいところはいつでもどこでも携帯できることだと思う。肌身離さず持ち歩いているiPhone6s plusのKindleアプリを開けば、電車の中だろうが、布団の中だろうが、いつでも本を読むことができる。

そしてもうひとつのいいところは、文字の大きさが調整できることである。わたしはKindleを読むときはいつも、書かれている言葉の密度によって文字の大きさを変える。多くのビジネス書や啓蒙書は言葉の密度が小さい。何行も使って同じことを繰り返し述べ、あの手この手で念押しし、ようやく1つのことを主張したりする。下手をすると1冊分の言葉をかき集めても本のタイトルと同じ密度にしかならないのではと疑いたくなるときもある。こういう場合は、文字を小さくする。1ページの文字量を多くする。そうすると高速道路を走る車から外を眺めるようにハイスピードで読める。それがちょうどいい速度になる。

哲学者が書いた本は、密度が高い。1文にすごく深淵なことが書かれている。気になる1文の前に立ち止まって、なんじゃこれと首をひねってよくよく咀嚼してそれでも何だか消化不良で後ろ髪ひかれながら次の文に進まなくてはいけない。だから普通に文庫本で読んだら頭に全然入ってこない。うっかり通り過ぎてしまう。ずっと哲学は苦手だと思っていた。でもKindleで読むようになってから少し変わった。文字を大きくすればいいのだ。そうすれば1文1文が長い時間目に留まる。言葉がちゃんと見えてくる。美術館で絵をひとつひとつ見るようなそんな速度で文を眺める。

Amazonのサービスで月に980円払えば、Kindle読み放題というものがある。もちろんどんな本でも読み放題というわけではなくて、著者や出版社が読み放題プランに参加している本だけだけど、結構いい本がある。iPadの大きな画面で雑誌を数冊眺めれば980円なんてすぐに元が取れる。読み放題だから、普段は手を出さないジャンルもお試しで読んでみたりもできて、思わぬ幸運な出会いがある。

一度に10冊しかキープできないので(図書館みたい)、わたしのKindle棚のラインナップは次々入れ替わっていくのだけれど、いつまでも変わらず残っている本がこれ。

「私」のための現代思想 高田明典・著(光文社新書)

おだやかなタイトルなのに、帯には<自殺には「正しい自殺」と「正しくない自殺」がある>と書かれている。中を開くと、何度も噛みしめたい言葉がたくさん見つかる。

人を苦しめている原因は直接的には抑圧ですが 、その解決策は 、大きく分けて二つしかありません 。ひとつは 「抑圧をなくすこと ・自由を回復すること 」であり 、もうひとつは 「魂をなくすこと 」です 。魂をなくすことは困難なので 、多くの人は魂を小さくして 、無意識の中に沈みこんで 、その日その日を生きています 。 ――『「私」のための現代思想』より

抑圧されると魂は苦しくなる。抑圧をなくすことができれば(会社やめるとか嫌なやつから離れるとか)一番いいけれど、それができない人は魂の方をなくそうとする。完全になくせれば苦しみはなくなるけれど、そういうことは不可能だから、苦しさは残る。

そして 、 「無意識の中に沈みこんでいる 」 「鈍磨した感覚の中で生きている 」人たちが 、こう言うのです 。 「生きていればきっといいことがあるよ 」 「生きることには意味があるよ 」 「生きているだけで幸せだ 」などなど … … 。私たちがそのような言葉に何も感じないのは当然です 。それは 、魂を小さくしてしまった人たちの言い訳にしか聞こえないからです 。――『「私」のための現代思想』より

思考を停止し魂を小さくして感覚を鈍磨させて生きるのか、「考える」という戦いを始めるのか。戦いは勝利をおさめるとは限らない。でも、戦いを始める決意をした瞬間に、魂の主導権を取り戻し、わたしたちは自由を自分のものにするのだと思う。

「人が自由になる」ということを、最も詳細に吟味、検討してきた分野は、間違いなく哲学です。したがって哲学を放棄することは、思考を放棄することと道義です。そしてそれは、自由になることを放棄するに等しい愚かな行為であると言えます。――『「私」のための現代思想』より

わたしは自分の魂を小さくすることができなかった。できなかったというとかっこいいけれど、魂を小さくして世の中の慣習に従えという圧力に少しも我慢できなかった。とてもワガママなのだと思う。ワガママを貫き通して生きていけるか。現在進行形で人体実験中(今のところ生きている)。武器が必要だなと思う。思考を磨かなければ。

ところで、20年くらい前、「本はやっぱり紙だよ!電子書籍で読んだ気にならない」とか言っていた自分に、教えてあげたい。電子書籍の登場で、紙の本とは違う世界がまた新たに広がるんだよ、と。

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