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幸せを自給自足できるようになりたい

ベランダの天井にアシナガバチが巣を作り始めた。まだ女王バチ1匹だけで、ハチよりも小さな巣。人を積極的に襲うハチではないし、害虫を食べる益虫という面もあるのは重々承知しているけれど、洗濯物を干すたびにハチに怯えるのは困る。第一、君は、ここの家の家賃を払っていないではないか。間貸しするわけにはいかない。

調べてみると、冬眠明けの女王(女王だけが越冬するそうだ)は大人しいから殺虫剤でやっつけろと書いてある。巣だけ取り除いてもまたやってくるから、と。殺すのは気が進まないけど仕方がないかと思っていたら、ハチが巣を離れたので、とりあえず巣を割りばしでぽきんと折ってみた。また明日作り始めたら折ってやろう。どこか別のところでやりなさい。次の日、うろうろしているくだんの女王バチを見つけたけれど、もう巣を作ることはあきらめたようだ。よかった。殺さなくて済んだ。

巣をまじまじと見たのは初めてで、興味深かった。灰色で和紙のような素材感。と、思って調べたらアシナガバチは植物の枝などを削り取り、唾液と混ぜてどろどろの繊維質にして、巣の形に成形しているのだそうだ。それ、本当に和紙じゃないか。形も不思議。飾っておきたかったけど、卵が産みつけられていたので、写真を撮ったあとに厳重に処分しました。これも自然の掟。敵に食われたと思ってあきらめてくれ。

新型コロナウイルスの感染率や死亡率とビタミンDの平均濃度に相関があるという研究が出ている。ビタミンDは日焼け止めを塗っていない皮膚に日光があたることで体内で合成される栄養素。もちろん断定はできないけど、ビタミンDが健康に大切なのはよく知られた事実。自粛生活であまり外に出てないので日光浴も兼ねて外を歩いたら、緑がまぶしかった。自粛のせいで一番いいときを見られなかった桜の名所では、木々は青々とした葉をしげらせ、かわいらしい実をつけていた。

ずっと家で育てたかったローズマリーの差し苗を買って、植木鉢に差した。うまくいけば2週間くらいで根がでるのだそうだ。日当たりのいい出窓に並べる。以前は猫が植物なら何でも食べてしまうから、家の中では育てられなかったけれど。

最近、人生の後半期に差し掛かっている人とご縁がよくあり、最後の暮らしについて考える。仕事をすることがなくなり、家族ももういないかもしれない。気を使ってつきあってくれる若い人はいても、きっとみんな忙しくて老人に構ってはいられないだろう。わたしの話は長くなり、懐古的になり、多くの人を退屈させるだろう。

そんなときに、誰かに構ってほしいと騒ぎ立てず、誰かをひがんだり恨んだりすることもなく、手に入らないものを欲しがらず、自分ひとりで自分を幸せにできたらいいなと思う。今の状態はそんな日々を送るためのヒントがたくさん詰まっている。たとえば、植物を育てる喜び。自分の食べる料理を心をこめてつくること。手作りすること。誰にも呼び出されず追い立てられず、存在を忘れられたかのように暮らす日々の、さみしさと楽しさ。寝たいだけ寝て、好きな時に起きて、好きな時に寝る。散歩がささやかな楽しみで。

わたしが想像するアフター70は、通信設備が整った無人島にいるような暮らしだ。自給自足で幸せを作る。そこで得た幸せのことを手紙に書いて、島の外へ発信する。それを誰かが読んでくれるかもしれない。でも遊びに来てくれる人はいない。将来、行こうかなと思ってくれるかもしれない。わたしは島の外には出ることはできない。走り回ることも、分刻みのスケジュールで飛び回ることも、最新の情報についていくこともできない。でも、それを悲しむことはない。かつてはそういう暮らしだったことを懐かしむだけだ。

最後には通信がとだえ、死という完全にこの世界から隔離された場所へ旅立つ。旅の準備のような、そんな、美しい暮らしを目指して、わたしはいま幸せを自給自足できる人間になりたいと思っている。

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