[掌編]彼女の言葉

彼女は探している。
脈を打つ、あたたかい、生きた言葉を。
街にも、書にも、
大きく飾り立てられた言葉があふれている。
彼女はそれらの言葉に一応話しかけてみるが、
返事はない。
代わりにガラス玉の空っぽの瞳が
彼女の顔を映している。

この世の言葉のほとんどは、オートメーション工場で生産されるようになってしまった。技術は発達し、見映えがよくて、安全な言葉が大量に安価に作られるようになった。ひとびとは、それらをお金で買い求める。体裁をととのえ、わずらわしいことをやりすごすために。
生みの痛みも葛藤もない。
早くて便利だから。
買ったものなら間違いがないから。

不都合があれば捨てて、また買えばいい。

そのうちにひとびとは、
自分だけの言葉を忘れてしまった。

ぶかっこうで、間違いだらけの、
あたたかな息を吐くそれが、
かつては自分の中にもあったなんて、
もう誰も信じないかもしれなかった。

だから、彼女の言葉を見ると、人々はめずらしがって歓声をあげる。よってたかっていじりまわす。これ、おいくら?と、たずねるものもいる。

彼らには生きた言葉の悲鳴が聞こえない。
彼女は懐に言葉をしまって走り出す。
放っておくと、解剖し、複製され、飾り立てて、
金をつくる道具にされてしまうから。

彼女は探している。
自分と同じように生きた言葉をしゃべる人間を。

彼女の目の前にひとりの男がいて、
口から音を発し続けている。
彼女は耳を澄まし、その音のどこかに
脈打つ言葉が隠れていないか探している。

男は彼女の目を見つめて口をつぐみ、
そして愛の告白をした。

彼女が鼻で笑ったら、男は顔を赤くして声を荒げた。

――だって君は、俺の言葉を一生懸命聞いてくれていたじゃないか

彼女が目を落としたテーブルの上には、
プラスチック人形のような言葉が
ごろごろ転がっている。
彼女はそれを指で弾き飛ばして、微笑んだ。

「あなたの言葉なんて聞いた覚えはないけれど?」

〈了〉

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