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「タカシ」を探せ 赤坂の話がしたい 5

 境内は、がらんとしていた。そりゃ雨だもの。お花見やらないよ。地面は、ぬかるんでいる。ため息が出た。
 小雨が、都会の騒音を吸い込んでいる。静寂にウグイスの鳴き声が響く。赤坂みたいな都会に、ウグイスがいるのかと驚いた。
 そこに、神前結婚を終えた新郎新婦が、紅い傘を差して石畳に出てきた。紅が雨に濡れた緑に映える。後ろ姿の写真を撮った。車に乗って出て行くまで見ていた。
 2人の幸せをお裾分けしてもらった気分になり、気を取り直す。

 女性は確かにかなりお年だったけど、しっかりしてたように見えた。一体なぜあんなことを言ったのだろう。一応、社務所に立ち寄ってみた。
 「あのー、お花見をやってると聞いたんですけど」
 若い巫女さんが「やってないですねー、雨ですから」。
 そりゃそうだよね。見れば分かる。「この人、何?」という視線。不毛な気分。
 「ありがとうございました」と踵を返そうとして、「あの、いつもはどのあたりでやってるんです?」と聞くと、「参道の左の一角です」と言った。社務所を出ると、左の一角は無人だった。
 しのつく雨。桜は少し咲いていたが、さびしい。さっきより大きなため息が出た。

 来た時は、境内の裏から入ってきたらしい。正面の鳥居が石畳の先に見えた。正直、もうどうでもよくなっていて、早く帰ろうかとも思ったのだけど、「一応、表から出るか。まだ見てないから」と、石畳を進んだ。
 すると、右手に男性が2人、雨をよけて、ひさしの下に立っていた。1人はスキンヘッド。もう1人は若いがレスラー並みの体格で、腕も太い。その筋の方と言われれば、2人ともそうとしか見えない。
 だが、勇気を出して、口に出してみた。
 「すみません、タカシさんて方、いますか?」

 言った後の、文字通り「間抜け」な感じに、我ながら呆れた。
 スキンヘッドの男性が、いぶかしげに返した。
 「私が、タカシですが?」

(2020年5月23日 FB投稿)

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