見出し画像

6月20日(8人目の恋人)

 僕は彼女を利用した。夜の街で突然ナンパして連れて帰った。

 そして。 

 彼女は背が低かった。悪くないなと僕は思った。

 彼女はブスではなかった。悪くないなと僕は思った。

 彼女は温泉が好きだった。悪くないなと僕は思った。

 彼女は看護師を目指していた。悪くないなと僕は思った。

 彼女は弟と同じ病気を持っている。悪くないなと僕は思った。

 彼女は煙草を吸っていた。悪くないなと僕は思った。

 彼女は夜のバイトをやめた。悪くないなと僕は思った。

 彼女は半年後に煙草をやめた。悪くないなと僕は思った。

 彼女は怒らない。悪くないなと僕は思った。

 彼女は料理が上手だ。悪くないなと僕は思った。

 彼女はカープファンになった。悪くないなと僕は思った。

 彼女は一緒に寝てくれる。悪くないなと僕は思った。

 彼女は猫が好きだった。悪くないなと僕は思った。

 彼女は猫アレルギーだった。これは大変だ!と僕は思った。


 僕の実家にはメス猫が暮らしていた。

 その猫は、僕が小学校3年生の頃に実家の木小屋で生まれ、16年間を生きた。僕は高校生から寮生活をするため実家を出た。つまり、僕が実家で生活したのは15年間だけだ。したがって、その猫は僕より1年間多く、あの家で生活をしたことになる。

 山あいの町の、敷地だけ大きな日本家屋だったので、屋内猫ではなかった。活動的なメス猫で、よく家の周りの草むらを走り回った。彼女は毎日好きな時間に散歩に出かけ、決まった時間に家族とご飯を食べ、夜は家族の誰かと眠った。朝方にはまた散歩に出かけた。

 時には、車に轢かれて後ろ足と尻尾を骨折したり、散歩に出たっきり10日間も帰ってこない場合もあった。それでも彼女は、命が尽きる日まで、あの家を離れなかった。毛並みはボロボロで、血だらけになろうが、自分自身の足で歩いて家族のもとに帰ってきた。ボロボロになってまで、意地でも、必死にでも、是が非でも、家に帰ってくる彼女を見る度に、僕は何度も泣きそうになった。彼女は彼女なりに、精一杯僕たちの家族だったんだな、と思う。

 彼女は僕が落ち込んでいる夜には一緒に寝てくれた。2時間くらい一緒に眠って、僕が元通りになると、彼女は僕の部屋を出て行った。

 6人もの人間に囲まれ、そういった猫的な気苦労も多かったのかもしれない。もちろん、彼女が大事な家族だったことは、ウチの誰もが認めている。


 その猫が亡くなる1か月前のこと。

 猫アレルギーの彼女が、16歳になる僕んちのお婆ちゃん猫を、どうしても見たいと言った。僕は、猫アレルギーの彼女を実家に連れ帰った。毛むくじゃらだったお婆ちゃん猫は、ものの見事に体毛をまき散らし、猫アレルギーの彼女は首がかゆくなり、鼻水をダラダラ流していた。

 それでも、「会えてよかった」と彼女は非常に喜んでいた。

 1回だけ、彼女と彼女は会った。

 1か月後、彼女の墓ができた。 

 1年後、僕は彼女と別れていた。

 もう1度、僕は彼女と会うことになる。

僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。