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「本当の知性をもっている人は、ぜったいに絶望しない」-『モモ』のエンデは晩年、何を考えていて、どんなひとだったのか。

エンデは、人生を享楽することが好きでした。お酒を飲んで話していると、ジョークの連発。『こういう生き方をしたい』と心の底から思う、そういうひとでした」と河邑監督。これは、私からの「あの……エンデは、絶望していましたか? 幸せでしたか?」という質問を受けてのお話。

この言葉を聞いた瞬間、「ああ、よかった!」と、「やっぱりそうなのか!」とで、全身に鳥肌を立てながら涙ぐんでしまいました。


2020年10月2日、私は6人の登壇者のひとりとして、イベント「『エンデの遺言』 希望を継承するためにー映画監督 河邑厚徳に根源的な問いについてたずねるー」に参加しました。その際にゲストの河邑さんが、エンデに初めて会った時の様子を教えてくださいました。

ミュンヘンの中心(たしかオーバーバーエルンの、たしかマリエン)広場を見晴らすアパートの最上階。世界的児童文学書『モモ』の著者を緊張しながら訪問した河邑さんが最初に見たのは、エレベーターが開いた瞬間、そこにニコニコと満面の笑みを浮かべて迎えに出てくれていたミヒャエル・エンデそのひとの姿。

本当に、フレンドリーなひとでしたね」 そう言うと、河邑監督はありありとその姿を思い出された様子で、本当に懐かしそうに嬉しそうに、目を細められました。

その瞬間、私は確信したのでした。うん、希望は伝染する! と。


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▶今回の登場人物、そして『エンデの遺言』

今日のお話に登場する、3人を紹介します。

①まず、『モモ』『果てしない物語』の作者として知られるミヒャエル・エンデ。ちなみに私は、30代後半で遅ればせながら出会った『モモ』と、後述する『エンデの遺言』が、人生にいちばん大きな指針と希望を与えてくれた本なのです。

②次に、今回のイベントの企画者。圧倒的な「頭の良さ」と「優しさ」と「人間への興味」が一緒くたに一人の魅力的な人間をつくってしまった、仲良しの塩瀬隆之さん。話題の『問いのデザイン』著者であり、開かれた(というか、どこに連れていくねん!の)展示をする、京都大学総合博物館准教授。

③今回のイベントのゲストで、NHK「シルクロードシリーズ」「アインシュタインロマン」を撮影された映画監督、河邑厚徳さん。エンデに直接会い、そして一緒に番組をつくられた方。


「完璧な、そして客観的で宇宙的なニュートン力学と、いわば主観的なアインシュタインの相対性力学や、エンデが作品で提起する時間は、まったく異なるのではないか」
そんな河邑監督の問いからはじまった「アインシュタインロマン」シリーズには、河邑さんからのラブレターを受けて、テレビ嫌いで知られるエンデが出演されたそうです。

その後、(なんと!)エンデから河邑監督に提案して、「根源からお金を問う」新しい作品の撮影準備がはじまります。しかしその直後の1995年、エンデが65歳という若さで死去。結果的に、製作に向けて、エンデが「お金の根源」について問いを提起した第1回めのインタビュー音声が、いわば「エンデの遺言」になってしまう。そこで河邑さんは、これはなんとか形にしなければ、と心に決めます。

それを受けて作られたのがNHKスペシャル『エンデの遺言』。さらにそれをもとに書かれたのが、2000年に発行された『エンデの遺言ー「根源からお金を問うこと」』(NHK出版)。この本は、全国に地域通貨ムーブメントを起こすきっかけとなりました(……ということです。私は当時、日本にいなかったので)。


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<ね、河邑監督のお名前が。>


んで、今回、河邑さんと15年来の親交がある塩瀬さんにお誘いいただいて「『エンデの遺言』 希望を継承するために ー映画監督 河邑厚徳に根源的な問いについてたずねるー」という塩瀬さんがモデレーターをつとめるイベントに登壇させていただいた……ということでした。エンデは晩年、何を考えていて、どんなひとだったのだろう?



▶「利子」を生むお金が、「分断」を生む。

エンデが晩年考えていたのは、本の副題にもある通り、『根源からお金を問うこと』だったそうです。『モモ』に出てくる「時間貯蓄銀行」や「時間どろぼう」は、(まさに「銀行」とあるように)お金のメタファーだった、と言われています。

〇 お金には「モノや労働をやり取りする交換手段」「財産や資産の機能」のふたつがあり、後者が貯め込まれたり利子を生んだりしていろんな歪みを起こしていくこと、とか、

〇 血液は、骨髄で生まれて体内を循環して最後には消化分解され消えてしまうで、肉体が機能し、健康が保たれている。お金もまた、経済という有機組織を循環する血液のようなものだとすると、劣化や老化せずに増殖しつづけることによって社会の「健康」が害されているのではないか、とか、

〇 シュタイナーの整理によると社会は「精神」「法」「経済」の3つに分けられ、それぞれ基本精神が「精神=自由」「法=平等」「経済=助け合い」となるのだけど「利子」を生む方のお金の機能が、助け合いではなく分断を生む、とかは、


エンデの最後の録音テープにもとづいて精緻な取材をされたこの本に書いてあるので、よかったらぜひ読んでください。なるほど、この熱量と視点と興奮は、ムーブメントを呼び起こすぜ、と、あらためて納得です。
今日は、イベントで出てきてハッとした話のうち、「希望」と「ファンタジー」、そして「ムーブメントとなった番組と本をつくってしまった河邑さんの思い」の話を書きます。


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<イベントに用意された「消えてなくなるお金」……つかコインチョコ>



希望は、強い。だから、伝染する。

エンデの、お金についての晩年の認識は、だいぶ悲観的と言っていいくらいのものだと思う。この本も、「問題の根源は『お金』にある。」から始まる。

どう考えてもおかしいのは資本主義体制下の金融システムではないでしょうか。人間が生きていくことのすべて、つまり個人の価値観から世界像まで、経済活動と結びつかないものはありません。問題の根源はお金にあるのです。(P14 、初版本)

だから私は、すごく心配になったのでした。「エンデは、幸せでしたか?」と。


だけど、冒頭に書いてたように、こういう話をするエンデは、とても幸せそうに生きていたそうです。これまで坂本龍一さんや加藤周一さんなど、様々なひとと仕事をしてこられた河邑監督は、エンデの話に続けて、「本当の知性をもっているひとは、絶対に絶望しない」と口にされました。

話を聞いて、私が思い出したのは、『夜と霧』の著者のフランクルでした。アウシュビッツでの壮絶な体験を書いた本なのに、あんなに、時代を超えて読む人に希望を与える。それはフランクルが、”そういうひと”だったからなんだ。

そしておそらく、エンデも。だから『モモ』を読んで、ひとは「愛」とか「自由」とか「人間の時間」とか「幸せな感覚」とかを思い出して明るい気分になり、エンデからメッセージを預かった河邑監督の『エンデの遺言』を読んで、希望に満ち溢れて全国に地域通貨を実践するひとたちが出てきたのだろう。


河邑監督は、「ヨーロッパでは、『あるから、もつもの』と『ないのに、もつもの』を分けて考える」と教えてくださいました。前者の「あるから、出てくる」のは、たとえば勇気。一方で、「ないのに、生みだす」のが希望。そして、愛

希望は、何もないところから生み出すもの。
だから、強い。だから、伝染する。


『モモ』のあの優しい強さは、エンデが感じていた『希望』そのものの強さだったのかもしれない。そしてそれは、「人間」というものを信じたい私には、めっちゃくちゃくちゃ嬉しいことだったのでした。そうか、私たちは、何もないところから、希望や愛を生み出せるんだ。エンデのように。

ちなみにそこで「本当に大切なものは、見えないですよね。世の中でいちばん大切な『愛』は、映像に撮れない」と言われた河邑監督(※どえらく素敵な作品が多いです)は、まるで、「星の王子様」のようでした。


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<河邑監督=星の王子様説で、完全合意。当日のパネラー、「こどもみらい探求社」の小竹めぐみさん・小笠原舞さんと。わりと古い友人です>



▶「それは”答え”ではない」……ムーブメントとなった番組と本をつくってしまった河邑さんの思い。

そんなエンデの「希望」という遺志を継いだ河邑さんがつくった『エンデの遺言』には、地域通貨の原点となったゲゼル通貨や、当時のアメリカで注目されていたイサカアワーなどの実例がたくさんでてきます。

イサカの町のひとたちは、こんなことを言います。「自分たちは、地域通貨のイサカアワーを通じて、有機農業の農家を守る。有機農業の農家は、地域の土地を守ってくれている。自分たちは、イサカアワーを使うことで、自分たちの地域を守っているんだ」

その具体が生む、圧倒的な説得力。そしてエンデの遺言を受けたメンバーの誠意が生む希望。2000年代前半、地域通貨は、日本中で大ブームとなりました。そしてわりとすぐに、大半が姿を消します。このようなムーブメントを起こしてしまったことについて、河邑監督は、「痛恨」と言ってもいいような思いを抱かれていたようでした。(以下、うろ覚えで再録)


「……あの本を読んだひとが、そこに書いてあるシステムで運用したらすべてうまくいくんじゃないかという幻想をもったんですね。でも、エンデや私たちが伝えたかったのは「方法論」ではなく、「考えるためのヒント」としての、「老化するお金」や「地域通貨」だったのです。

タイトルにあるように、「根源からお金を問うこと」、問いをもつことそのものが大切だったわけで、「みなさんこれを試してみなさい」と答えを言っているわけではないんです。伝えたかったのは例として「地域通貨」という新しいシステムがあること、つまり、自分たちで通貨を発行することができる自由が、実はあるんだよ、ということだったんですね。

本来、どういう地域通貨にするのかというのは、そのコミュニティが何に困っているのかから出発して、最終的に何を実現したいのかという問いをベースに、自由にデザインして決めていくものです。なのに、きちっと形になった方程式みたいな答えを求めるから、「その先」が生まれず、行き詰ってしまう。

つまり、「我々はどう生きたいのか」ということに絡んでくる問いなのですね。それをサポートするようなお金になるのであれば、未来をつくる地域通貨になるんです」


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<イサカアワー紙幣。表には地域の生物、裏には理念。>



▶湯川の「ベーシック・インコメ」への思い。

このお話をきいて、私はドキッとした。神戸で相互扶助コミュニティをつくろうとして8年目、地域通貨に何かの「ヒント」があると思い、ブロックチェーンのことも学んだりしながら、いよいよ導入に踏み切ろうと思った(※5月に設立したなりわいカンパニー㈱の定款には、地域通貨の発行も入っています)のだけど、

私はそれを「答え」だと思っていなかったか?
私もまた、「システムさえ整えば、あとはうまくいく」と思っていなかったか?
私はそもそも、そのコミュニティで実現したい未来像を、しっかり描けていたか??

おお、星の王子様・河邑監督の、本当に誠実な思いと言葉で、ここにもうひとり「謎の挫折者」を生まずに済みました。感謝、感謝。


それから私は、なぜ自分が地域通貨を始めたいかを、あらためて考えました。それは、自分が「好きなことを仕事にする」と決めて、なんか獣道みたいなところを貧乏のなか歩み続けて、まわりからは「好きなことやって食っていこうなんて甘い」と言われ続けて、

でも、”昔の私がそうであった(つか、今でもね)”「好きなことを仕事にする」チャレンジをするひとたちを後押ししたくて、それなら、「食っていければ好きなことできるんだ」と、お金は配れないけど、みんなで汗かいて農業やって米つくって分配すればいいじゃん、とずっと思っていて

それを実現したいんだ、と、あらためて再確認したのでした。(※ちなみにこれ、3年前から「ベーシックインコメ」と言っていたのですが、そのウェブサイトをつくろうとした2週間前に商標登録されていました。ので、使いません~)

河邑監督、大事な気づきを、ありがとう!



▶目に見えない世界に気づく。問題解決を過去からではなく、未来から考える。

イベントの最後に河邑監督は、「この本でいちばん好きなところなのですが」と、エンデの言葉を引用している部分を、朗読……というか代読されました。

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<「ミヒャエル・エンデ館」より>

ファンタジーとは現実から逃避したり、おとぎの国で空想的な冒険をすることではありません。ファンタジーによって、私たちはまだ見えない、将来起こる物事を眼前に思い浮かべることができるのです。私たちは一種の預言者的能力によってこれから起こることを予測し、そこから新たな基準を得なければなりません


本にも書いてある、河邑監督の言葉を続けさせていただきます。

「さらにエンデは、かつては過去の文化や歴史を学ぶことで、現代の問題にどう対処すべきかが了解できたが、私たちがいま向き合っている「お金」の問題では、どう考えるべきかの規範が過去には何もない。したがって、未来を想定し、何が起きてくるのかを予言的に直視しなければならない、と語っています。

それは、人間に与えられたイマジネーションの能力に依らなければならないということでもあります。問題解決を過去からではなく、未来から考える。それがエンデの依って立つファンタジーの力なのです」


無から希望を生む力が、人間にはある。
ファンタジーという物語をつむぎ、実現していくことで、未来を現実に築くことが、人間にはできる。
幸せに生きる力が、人間にはある。

河邑監督が、エンデの晩年を振り返って、言われました。
「エンデはもともと、『命は完全に循環するもの』と考えていました。リンカーネイションというんでしょうか。それが楽しみだと、言葉だけではなく、心から信じていました。なので、若くして亡くなったのですが、そこにネガティブなことは、ないんですね。
 ああいう方に出会えたのは、僕にとって、大変……幸運、だったと……」

エンデの希望、私も勝手に受け取ったもんね!
よっしゃ、やるで!!


<当日、パネラーでの集合写真>

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【追伸】当日の様子がYoutube配信中ですってよ、奥さん! 河邑監督の「星の王子様」感、素敵です。

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