NYに差別はあるか?3年半住んでわかったこと

ニューヨークに差別はあるだろうか?私はモヤっとした「悪意ある区別」が存在すると思っている。

人種の壁

確かにニューヨークは多様な人種や文化を尊重しようとしている。ハイブランドが白人だけを起用する時代は終わったし、Doveの画像加工をしないという広告姿勢がビクトリアズシークレットの完璧な10頭身モデルより支持されている。しかしこれは後ろめたさの裏返しなのではないだろうか。

「ありのままの女性の美しさを伝える」ために写真修正を行わないというDoveは、一方で黒人女性がトップスを脱ぐと白人女性に変わる動画を公開してバッシングを受けている。プラスサイズをもてはやしながら、ニューヨーカーは自らの痩身マシーンに何千ドルも支払う。

この捻れた「ありのままムーブメント」は、差別根絶への第一歩でもあると同時に、差別意識がただ地下に潜って巧妙になっているという気がしている。この巧妙さを、私は「悪意ある区別」と呼ぶ。「差別なんてしていないよ」と言い張ることができるように予防線を張っているのだ。差別の壁は、壁の色だけが薄くなり、今は透明になった。厚さは変わっていない。

「壁があるでしょう⁈」と私がここで叫んでも、実際に住んでいない人には見えない。触らないとわからない、磨き抜かれた透明な壁なのだ。


社会の壁

この壁は人種間にだけ存在するものではない。ソーシャル・エコノミクス・ステイタスというもう一つの軸がある。学歴・職業・収入のトータルで分類される現代社会における「階級」である。私は働き始めてから、この階級制度が思っていたよりずっとシビアなものであることに気付かされた。

私は、日本でそれなりの暮らしをしていると思っていた。それが一転、ニューヨークではクレジットカードさえ作れない。買い物に行っても、誰も特別扱いをしてくれない。今日もギャラリーに行ったら「VIPがプライベートツアーをしている」と丁寧だが一切好感の持てない態度で追い返された。

最初はとても怒っていた。「アメリカはサービスが悪い、日本はもっと丁寧だ」と。しかしアメリカのサービスが悪いわけではない。透明な壁のあちら側では、ギャラリーを貸し切るサービスが行われている。

最初の1年は怒っていて、次の1年は「こんなはずじゃない」と恥ずかしさのようなものを抱えていた。3年目にしてようやく、私は自分が壁のあちら側ではないことを受け入れ、言葉にして整理できるようになった。

ニューヨークはすべてのしがらみから解放される桃源郷ではない。しかしそれでもなお、私はこの街が好きである。ありきたりだが、いつかこの壁の厚さも薄くなり、人知れずパリンと割れる日がくることを願う。


念のために書いておくと、学校や会社で差別や区別を受けたと感じたことはありません。とても幸運だったと思っているし、感謝しています。



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30歳でNYのParsons School of Designに留学。卒業後はNYの現地企業に就職し、美容業界でグラフィックデザイナー。留学から現地就職、デザイン、美容ウェルネスのトレンドをnoteにまとめています。
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