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ショートショート:「朧夜屋捕物帳~螺旋階段~」



【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノです。

個人的に好きなテイストのミステリーを書いてみました。

少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。


【朧夜屋捕物帳~螺旋階段~】

作:カナモノユウキ


《登場人物》
・東風(あゆ):年齢不詳、朧夜屋亭主。
・横矢一平:55歳、元スパイ。現在は軍の中枢に在籍しながら政界の顔役として在籍中

カラスの鳴き声が耳に入り目が覚めた。
温かいランタンの灯が視界に映り、高い木造の建物の天井が俺を見下ろしていた。
次に周囲を見渡すと、レンガ造りの壁には古い絵が掛けられており、棚には見知らぬ年代物の品々が並ぶ。
置時計、壺、人形や置物。風貌からも見て取れるが、その纏う雰囲気と香りは年代を感じさせる物ばかり。
ここは骨董品屋か?そう思った時だった。


「ようこそ、朧夜屋(おぼろよや)へ。」
「!?お前は誰だ…そして…何で俺はここに居る?」
「私は東風(あゆ)、ここはただの骨董品店です。そして貴方様は売りに来たのですよ。ご自身の〝品〟を。」
「俺はそんなもん売りに来た覚えは無いぞ?」
「まぁまぁ、そう仰らずに。奥でお茶でもしましょう。喉も乾いておいででしょう?」


俺は言われるがまま、店の奥へと案内された。
奥にはモダンチックな家具が並び、無数の掛け時計が連なる西洋風の茶の間が待っていた。
この東風(あゆ)と名乗る女、青白い髪に顔は二十代前半、背丈も特に変わったとこはないのに。
その纏う雰囲気は異様な神秘さを感じる。


「お茶は、紅茶派ですか?緑茶派?」
「紅茶を頼む…って、そんなことより何故俺はお前と茶を飲まなきゃいけないんだ?」
「それはここで、これから貴方がお持ちになった〝品〟を査定するからですよ。」
「だから俺は!そんなものを持って来た覚えはこれっぽっちも無いんだよ!」
「ご冗談を、私にはしっかりと見えますよ。その内に灯る、禍々しい〝品〟が。」
「禍々しい?お前は一体何を言っているんだ…。」
「ほら、こちらにお座りになって。先ずはお茶でも、頂きましょう?」


そう言って手際よく準備を進める東風(あゆ)の茶を、俺は待つことしか出来なかった。
ここは一体何なんだ、そして何故俺はここにいる?心が言い知れぬ恐怖に苛まれる中。
鼻をくすぐるダージリンの香りで、俺は落ち着きを取り戻し始めた。


「さぁ、今日はいい茶葉が入ったんです。」
「香りで分かる、ダージリンだろ?確かに…いい香りがしている。」
「貴方様なら、お分かりになると思いました。」
「どういう意味だ?」
「さぁ、お茶を頂きましょう。茶菓子は、西洋菓子店自慢のうずまきクッキー。」
「…さっきから、何が言いたいんだ。」
「私はただ、お茶と菓子を用意しただけですよ?」
「では何で…ダージリンの香りも霞むほど、俺の心が搔き乱されるんだ。」
「それは、貴方様の〝品〟に…関係するからでは?横矢一平様。」


この女に名前を言われるまで、俺は自分の名前を思い出せずにいた。
そうだ、俺の名前は横矢一平…俺の職業は…軍人。


「さぁ、では始めましょう。貴方の〝品〟の査定をね。」
「その品と言うの一体何なんだ。」
「それは、貴方様の〝罪〟でございます。」
「〝罪〟だと?俺は軍人だ、罪など腐るほど犯した自覚があるが?」
「そうでしょうとも、それによる〝罰〟も受けた事でしょう。」
「まぁそれなりにな…だが、そんなものを何故お前に売らなきゃいけないんだ?」
「何故と申されましても、貴方様の〝罪〟の中でも、腐らずに禍々しく輝く〝罪〟がありますでしょう?」
「俺は何十…いや何百人を殺してきた。部下を使い大勢を…その罪を輝くなど…馬鹿にしているのか?」
「いえいえ、バカになどしておりません。その罪はとてもとても高価な〝罪〟ですとも。」
「高価だと?人殺しに価値を付ける気か!」
「横矢一平様、落ち着きください。何も人殺しだけではございません。人殺しだろうが、人助けだろうが。人の所業その全てには等しく価値がある、この朧夜屋はその価値に対価を払う店で御座います。」
「だとしても、その物言いは明らかに私を見下すようなものだ!」
「フフフ、そう感じるのは横矢様の自由で御座います。」


俺は…何を恐れている?こいつが話を進めようとしているのを…拒んでいるのか?
東風(あゆ)は棚から施錠がされた一冊の本を取り出してきた。表紙には時計が付いていて動いている様だ。
模様も見たことのない不思議な柄で、表紙には朧夜屋捕物帳(おぼろよやとりものちょう)と書かれている。
施錠が開かれたその本に俺はどうしようも無く不安を掻き立てられてしまっている。


「ここに、貴方の〝罪〟の価値が乗っています。今からそれを、私が買い取るかどうか決めます。」
「待て!俺はそんなこと頼んでないぞ!」
「ええ、もちろん言い出したのは貴方ではありませんもの。」
「どういうことだ?」
「話は、査定を進めれば分かります。では、改めて…横矢一平55歳。現在は陸軍中将として在籍。幼少期から軍人の家庭で育ち、徴兵される前には既に自分から軍に志願した強者(つわもの)。その卓越した能力が認められ、若干19歳で異例の出世を果たす…。」
「…何だその本は、何故私の事が書かれている?それに…何故出世のことが記載されている。」
「貴方のことなら事細かく書かれていますよ、どんなことでも…〝八咫烏(やたがらす)〟のことも。」
「やめろ!その名を口にするな!」
「八咫烏…正式名称、国家特務防衛部隊(こっかとくむぼうえいぶたい)。主な活動は国家存亡の危機を回避するために暗躍するスパイであり、汚れ仕事を主に活動する裏の部隊。」
「あぁ…そうだ、国の存亡を左右する大事な仕事と言われたが…実態は処刑人だ。怪しいものが居れば暗殺命令が出た、それが誰であろうと命令に従ったさ…どんな相手でもな。」
「33歳の夏、妻として迎え入れた横矢玉枝(よこやたまえ)を暗殺。貴方は…それでも兵士を続けた。」
「俺にはそれしか無かったからな!従い続けたさ!」
「そして貴方は、更に闇の奥へと足を踏み入れる。それが、軍の人間への復讐。」
「何が悪い!愛する者を手に掛けさせられたんだぞ!ただ私の妻であると言うだけで!ただ妻の友人が敵国の生まれというのが分かっただけでだ!それだけのことで…何故…。」
「良いも悪いもありません、ただ貴方の行いの価値を…今見定めているんです。貴方はその後、軍で研究が進んでいた臨床心理学を用いた兵士の量産と研究へと手を伸ばす。」
「…そうさ、アイツらの手足が俺であるように…俺も手足を用意してやろうと思ったのさ。」
「その手足こそが、これから見定める…貴方の〝罪〟であり〝品〟。」
「…お前は一体何なんだ!?その本は一体何なんだ!」
「私はただの骨董品屋の亭主、この本は…ただの捕物帳。ただそれだけですよ?」
「なら!…何故こんなに俺は恐怖しているのだ!」
「それは、これからの部分を読み終えたときに分かります。貴方は心理学を学び、その明晰(めいせき)な頭脳で人を操ることも覚えた。人を殺める兵士を作るために。」
「世界大戦真っただ中だったが、俺は指令が無ければ暇だったんでな。時間を有効活用したまでだ。」
「確かに、有効だったようですね。貴方は兵士一人一人に合ったトラウマを植え付けた。更には特定の薬物によるギリギリの覚醒状態を作り上げることに成功、トラウマと薬物で兵士を洗脳。156名の洗脳兵を作り上げ、戦果を挙げて秘密部隊の傍らで出世を果たして貴方は復讐の機会を伺った。」
「アイツらはよく働いたさ。数名は特攻隊として、他の奴らも戦地で恐れを知らずに責務を果たした。」
「生き残ったのは103名、あの戦果の中で考えると、凄い生存率ですね。」
「俺が施したのは、死に急ぐためのものではない。生きて帰ってくるための力だ。」
「そんな美しいものではなかったようですけどね…。」
「何が言いたい?」
「続けます。…貴方施した洗脳兵たちは帰還した後、次々と上官を殺していきます。」
「…ふっ。自然な流れだろうさ。辛い責務を押し付け、本国で美味い飯を食っている上官に復讐なんてな。」
「ええ、とても不自然で自然だと思います。」
「何だと?」
「そうして裁かれた上官と兵士含め36名、残りの洗脳兵は66名。」
「縁起の悪い数字って言うのはさぁ…片づけないといけないだろう?」
「まぁ、あなたのそのお片付けこそが…今回の〝品〟の本筋でもあります。」
「は?…まさか、あのことがそこに書かれているとでも?」

「もちろん、貴方の全てが書かれているのだから。貴方は洗脳兵を作り上げる時、あることも施した。それはある一定条件化による、自死と言う名の殺害。貴方は終戦後、所謂セーフハウスを建てましたね。その当時流行っていた西洋会館の作りをした、大きな屋敷を。そこに兵士たちを集めた。」

「…やめろ、聞きたくない!」

「貴方は、その屋敷にもある仕掛けを施した。一つは幻覚剤。軍用施設として作り上げた貴方は客間の茶葉に幻覚剤を仕込み、幻覚剤入り紅茶を提供。微量のその幻覚剤は毒物としては検知されず、更には洗脳兵に効果抜群で最強の幻覚剤だった。」

「やめろ…やめてくれ…。」

「二つ目に、屋敷の空調。貴方は空調に香(こう)の香りを付け屋敷内を独特な匂いで満たした。それこそ幻覚剤の効果を百パーセントに近い形で発揮させる、念押しの一手。」

「俺は無実だ…。」

「最後の仕掛けは螺旋階段。屋敷は4階建て、そこには見事な螺旋階段がありましたね。その壁面には洗脳兵にだけ作用する幻覚模様を一見分からない様に、貴方は壁に盛り込んだ。」

「俺は殺していない!」

「屋敷が立ち、労われるために集められた兵士78名、そのほとんどが洗脳兵。」

「俺は何もしていない!」

「黙りなさい!」

「……俺は、俺は。」

「その内の60名の兵士がその夜、精神を錯乱…次々と螺旋階段の上から飛び降りた。」

「…………。」

「音に気付いた何も知らない屋敷の管理人は、死体の山を見て精神を病み…無関係の者も自殺。」

「……黙れ。」

「最後に残った6名も、事件のことを説明するために屋敷に呼び出し殺害。」
「黙れ!俺はやっていないと言っているだろう!」
「念押しまでして、そんなつもりじゃなかったって言うのは…通じませんよ?」
「な、なら!証拠はあるのか!」
「証拠はありません、けど…〝出品者〟ならずっとここに居ますよ。…176名の出品者が。」
「…は? !?ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


気付くと、東風(あゆ)の横には見慣れた軍服を着た兵士たちが立ち並び。
更には部屋中に、見たことある顔の者達がひしめいていた。青白い顔で、全員で俺を睨みつけて。
その中には…あの管理人の姿も、玉枝(たまえ)の姿も見えた…。


「な……何だよ、何なんだよ!」
「さぁ、いよいよ大詰め。査定の開始です。この朧夜屋(おぼろよや)はその者の〝罪〟を対価に出来る店。支払うは〝やり直し〟、即ち〝命〟です。」

「どういう、ことだ?」

「貴方の〝罪〟の価値で、この出品者たちが生き返るかどうかが決まる。」
「俺の罪をここで清算して、死んだ者たちが生き返る?」
「そう。でも横矢様の〝罪〟がこの176名分をまかなえる罪でなければ、生き返らせることは出来ない。逆に…生き返らせることが出来たときは…。」

「…何だ、ハッキリ言え!」
「貴方には死ぬまで不幸が続く、そして死んでも貴方は輪廻の渦からは外れて暗闇という地獄に落ちる。」
「……へ?」
「更に言えば、貴方がここで清算できなくても、貴方は死にます。」
「……はぁ?」
「貴方は今、現実世界では死にかけています。交通事故によってね。なので、ここが生死の分かれ道です。」
「な、何を言っているんだよ!俺はこうして…ここに…。」
「分かっているでしょう?何故ここに居るのかも分からない貴方が、ここに居る理由を。」
「こいつらに、〝出品〟されたから?」
「その通り。…さぁどうしましょうかねぇ。」
「お、俺の〝罪〟を買い取ってくれ!」
「…何故?」
「お、俺も…こいつらも生き返るんだろう!?ならどちらにも〝いい事〟じゃないか!」
「〝いい事〟ですか。」
「そうだとも!〝いい事〟だろう!」
「後悔、しませんね?」


その時、洗脳兵や管理人、官僚、そして玉枝(たまえ)が…一斉にニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかった。
まるで、してやったりと言った顔で。ニタリと滴るような笑みだった。


「……分かりました。では、貴方の〝罪〟を買い取ります。対価は…ここに居る176名の命と過去の清算。異論は、ありませんね?」
「……あ、ありません。」
「では、ここに朧夜屋(おぼろよや)亭主、東風(あゆ)の名のもとに横矢一平の〝罪〟を〝清算〟する!」


その宣言と同時に…俺は現実に戻された。


気付くとそこは、二十二年前の自宅…玉枝(たまえ)を殺める指令が下ったその日の夜だった。


戻って来たのだと安堵するのも束の間…私はあのニタリとした顔を思い出した。


そして、私は後悔することになった。その選択を…。


軍の連中も妻も、どいつもこいつも…あの顔に見えるのだ。


ニタリと、こっちの〝罪〟が売られて喜ぶ顔…寝ても覚めても、どの人間を見ても…ニタリ顔。


気が狂いそうだ…いや、俺は狂わせたのだ…人を。その〝罪〟がこの顔の溢れた世界なのか…。


これが、俺の〝不幸〟なんだ…。


――「更にその後、横矢一平は精神病棟に入り…今度は自分が行った実験を他者から受けることになる。そして、彼は生かされず殺されず。ニタリ顔とトラウマに苦しみながら…55歳で自殺するのでした…。」


私は朧夜屋(おぼろよや)亭主、東風(あゆ)。…今日も、ここに迷い込んだ人間の〝罪〟を買い取る。
さぁ、貴方の〝罪〟は…いくらでしょうね?


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

難しかったぁあああああああああああ!


では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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