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お勉強をある人に教えているのだけれど。とても懐かしく、なんだか楽しいのだ。

こんにちは。こんばんは。

うららかです。

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最近ある人にお勉強を教えています。

その人は大学受験をしたいそうです。

今は差し当たり英語と数学を教えてあげています。


英語は前の仕事でも使っていたし、社会人になって英会話学校通ったりもしていたのでそこまで忘れてはいない。はず。

数学ははるか遠い昔のお話なので、教えてと言われても教えられるのか結構不安。

めちゃくちゃ文系なので英語とか現代文とかはそこそこ得意でしたが、数学はかなり苦手。

センターもそんなにできんかった。ぴえん。

けれど、参考書読めば理解することは出来ていたので、教えてと言われたら多少難易度が上がっても何とか教えることは出来るのではないかと思っていました。

見たことあるのは出来るけど、見たことない問題でを何使うかっていうのを発想するのが苦手だったから数学得意じゃなかったんだよな。


で、最近教えているのですが。

これが結構楽しく、ああこんなんやったなあ懐かしいなあって気持ちになりながらやってます。

やっぱりボクは勉強好きなんかなって思います。

確かに大学の受験勉強の時は、いろいろ思いつめすぎてもはや勉強することが義務みたいになっていたし、数学は弱点で何とか克服しなければならないものになっていたから、楽しいなんて思わなかったけれど、そこから解放された今の立場でやる数学はまた違って見えます。

一緒に楽しみながら、頑張っていきたいな。


化学とかボクの高校の選択範囲外だから、まっさらな状態なのだけれどそれもその人は教えて欲しいというんですよね。

全然分からないものを勉強して尚且つそれを人に教えなければならないのだから、結構難易度が高いことを要求されているような気がするけど、Dr.stoneを見てからというもの「化学ってすげえ」ってなってたので勉強することはやぶさかではないのですよ。

なんだかそれも面白そうだしね。


所で、「教える」ということに関してなのだけれど。

人に教えるってのは、自分で解釈して理解することよりずっと難しいことだと思う。

自分はこういう風に理解したっていうのをそのまま相手に伝えることは教えることではない。

相手の分かるレベルまで噛み砕いて分解して伝えることが大切だと思う。

噛み砕いて伝えるというのは細部まできちんと分かっていないと出来ないことだとボクは思う。そうでなければ細かくした時に自分があやふやな部分が露呈してしまうからだ。

論理の組み立てにおいてかもしれないし、言葉の解釈においてかもしれない。

その噛み砕いて分解するっていう作業がボクは割と得意だったりする。

ボクは才能の人ではない。

ボクに才能と呼べる才能は特になかったけれど、真面目にコツコツ積み上げていくということは得意だと思う。

だから分からない人の気持ちも分かる。

なんでわからないの?なんてことは言わない。


天才型の人間と努力型の人間は、分からない事という点において相容れないとボクは思う。

ボクの上司でも天才型なのだろうと思う人はいたけれど、1言ったら10察しろみたいな感じがあった。

そうなると聞きたいことも聞きづらい。

ああ、こんなこと聞いたらダメな奴だと思われるんじゃないだろうかなんて感じていた。


人に教えるっていうことは教える人、教えられる人の相性もあると思う。


とまあ、色々教えるということについて考えてみたけど、どういう人であれ何かを相手に教えてあげたとして、その人がそれを一人でこなせるようになるのは見ていてとても楽しいと思う。


あーボクも勉強しなきゃな~。

読んでくれてありがとう!

またね~

うららか


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はじめまして。 うららか かなでです。 性別はえっくすじぇんだー。男の娘?女装? 職業は風俗嬢。 趣味はアニメ、ゲーム鑑賞、アクセサリー作り、youtuber、美容、ファッション、本。 記事はゆるーく書いていきます。 よろしくおねがいいたします。

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