施設での療育をどのように感じていたか
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施設での療育をどのように感じていたか

療育のおかげで再発達が進むにつれてあぶりだされる問題があるということを、コチラの記事で書きました。

私が施設での療育を受けてきた中で、当事者として今なら語れることはたくさんあります。良いことも、そうでないことも。


施設での療育で、特に相手が子どもである場合、重視されるのは「保護者の反応」であると、私は感じていました。もちろん、療育を受ける子どもがぞんざいな対応をされるというわけではありません。きっちりと、いつも決まった通りにされていて、意思の疎通が得意ではない私に対しても一人の人間として向き合ってくれました。

ただ、プログラムが決まっていたのか、それとも「この時期までにこういうことができるようになるように」と、目標が決まっていたのか、はたまたそれ以外の目的があったのか、それはわかりませんが、毎日かなりハードでクタクタになっていても、療育メニューが変わることはありませんでした。「能力プラス1」ではなく、2くらいのことをこなしていたように感じました。体調やムードによって臨機応変にメニューを変えてくれるようなところではなかったのが辛かったところです。

動画の中でもお話していますが、脳障害からの回復をしていない状況でも、思考能力や感覚が劣っているわけではないのです。
脳機能障害をわかりやすく言葉で説明すると、内側で行われている思考などを外に出力するための配線の接続不良というのがしっくりくるかな。

療育の話から少しずれたので戻します♪
リハビリなど、付き添いの母が見ていたのですが、
まぁ私は母の喜ぶ顔が見たいから頑張っていたというのが本音です。
療法士さんや指導員さんも、私が結果を出すととても喜んでくれて、それは当然だと思うのですが、正直に言うと、自分のことを「技を覚えた動物」みたいに感じることもありました。

それは、私自身の回復が進むにつれてより強く感じるようになりました。

目に見える結果に直接的に結びつくところに力を入れる療育でした。
最初は上手くいくのですが、すぐに頭打ちに・・・わかりやすく言うと、基礎問題は出来るけど応用問題は出来ない、ようなことがよくありました。
私は、基礎ができたのに応用に進めない理由がわからず、よく泣いていました。(うまく言葉が出ない時には、マイナスの感情を伝えるのには「泣く」しかないのです。ちなみに「怒る」という行為が単体でできるようになるのは、もう少し発達が進んでから。)

施設での療育について、ざっと感じていたことを書きました。
施設での療育を卒業した後の、自前の療育メニューが土台となり、ここまで学ぶ意欲を育ててくれたんだと思っています。

「支援を受ける側」にいた割に、かなーり上から目線なのかもしれませんが、「私の回復はこんなものじゃない」と思わせてくれたという点では、施設での療育はとても大きな、人生を変えてくれる経験になりました^^

本日も、お読みくださりありがとうございました♪

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ありがとうございます^^
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