見出し画像

見えない世界


「しゅっぱつ!しんこーう!!」


先日、Aさん(90代男性)の入浴介助に初めて入った時のこと。
浴室の椅子に座り、さあシャワーをかけましょうかというタイミングで唐突に!
Aさんの声がお風呂に響き渡りました。

実はAさん、病気によって目が見えません。
自宅では片手で杖をついて、もう片方の手で壁に触れて、進行方向を確認しながら生活されています。
そのAさんが、自宅のお風呂に入る!!
以前より、lifeのリハビリをご利用いただいていました。
リハビリスタッフが介入し、入浴動作も確認し、今まではお嫁さんが介助されていました。
それを今回、訪問看護で担うことになったのです。

申し遅れましたが、郡山市久留米にある訪問看護ステーションlifeで看護師をしている田代さとみです。
血液型を聞かれてO型ですと答えると、「だと思った」と言われます。
なぜですか?
話を戻します。

こういうことは初めが肝心。
少々緊張するわたし。
自宅のお風呂で気持ちよく過ごしていただきたい。
看護師の介助で入るお風呂も悪くないな、と思っていただきたい。
その緊張を察して下さっていたのか…
冒頭のセリフを聞いて、Aさんにとってもこれはチャレンジなんだと気付かされました。
わたしにとってもAさんにとっても初チャレンジ。
うまくやろうとせず、とにかく安全に。
お風呂なんだからリラックスして臨もうと思いました。


わたしにはお風呂の全貌が見えていますが、Aさんは見えません。
がしかし、ここはAさんの自宅のお風呂。
長く慣れ親しんだ場所です。
自宅内を上手に移動される様子を拝見していたので、お風呂でもAさんの動き方があるだろうと思い、あまり口出しせず黒子に扮するイメージで介助しようと考えていました。
予感は的中。
手すりの場所がAさんの頭にインプットされているため、手すりがあるところににちゃんと手を伸ばされるのです。
介助する前は多少手を添えたりするタイミングがあるかな…と思っていましがた、その必要はありませんでした。
わたしはあと数センチ右です、左です、後ろです、と口頭でお伝えするだけでした。
目は見えなくても、身体機能と判断能力はしっかりされているので、触れずとも介助はできる。
それに、自分が同じ立場だったら、あまり触れらたくないなと思っていたのもあります。
慎重に動いている時に急に触れられたら、ビックリしちゃう。
あれこれ指示されたら、集中力が切れちゃう。

かけ湯もそこそこにいざ浴槽へ。
手すりにつかまり、そろりと足を入れて、ゆっくりと肩まで浸かるAさん。
しっかり浸かったその瞬間。


「ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…これは…最高だ…」


その時のAさんのお顔…
本っ当に最高!
本当に気持ちよさそう!!!
「最高」という教科書があったら多分載る。
わたしがお湯に浸かっているわけでもないのに、Aさんの顔を見てるだけで気持ち良くなり北島康介状態。(何も言えねぇ)
Aさんとのこのすんばらしい時間を独り占めしていいのかしら。
できるものなら誰かと共有したい。せめてご家族にこの表情を見せたい…
いい!いいですよAさん!!と、心のシャッターを切りまくる黒子。
そしてなんてありがたい仕事なんだこの仕事は!
看護師を職業として選んだ過去の自分よ、ありがとう!
さまざまな気持ちが大量の汗と共に溢れました。
(Aさんは寒さと冷気に敏感。浴室も脱衣所もお部屋も暖房を効かせる厳戒態勢で入浴に臨んでいます。サウナ。これからの季節どうしよう)
「これは40度くらいでしょう…39度くらいかな。いやぁわたしにぴったりだ。
さすがヨシコさん(お嫁さんの名前)、湯加減が素晴らしい…」
黒子が感情と汗を爆発させている間、ブツブツとお嫁さんを褒めるAさん。

そろそろこれを読んでいるあなたもAさんのことが好きになってきたでしょう。

「Aさん、お湯の温度設定は41度になっております。体感温度は40度前後になるんですね…」
茶々を入れる黒子。
Aさんの肌感覚の鋭さに敬意を表したい一心での発言なのですが。
「ほほう。そうでしたか。41度…さすがだヨシコさん…そうかそうか…」
お嫁さんを褒め続けるAさん。
果たして黒子による温度情報は必要だったのか否か。
謎。

隅々まで体を洗い、ゆっくりと温まり(2回入りました)、無事入浴を終えました。

わたしは汗もかいたので大変清々しく、そして何よりとても幸せな気持ちになりました。
気持ちよさそうにしていただけたのが本当に嬉しかった。
着替えを終えて、水分を摂って、ケアは終了です。
「今日はありがとうございました。次回からはもっと息を合わせてお手伝いさせていただきます」と伝えると、
「いやいやありがとうございました。」と、手を差し出すAさん。

こ、この手は…
握手を求められている…!
再び感動するわたし。

好きになっちゃう…!

ガッチリ両手で握手をさせていただき、退室したのでした。
なんだろう。
感無量。

終わりましたー!とAさんの部屋を出ると、
「いやー助かった!暑かったでしょ、お茶飲んでって!」と
キンキンの麦茶をご用意してくださっていたお嫁さん。

ヨ、ヨシコさん…♡
さすがだ…!!
好きに…(以後割愛)

優しさが詰まった麦茶を一気飲みして帰ってきました。
最高な60分でした。



Aさんが見ている見えない世界って、どんな世界だろうと思います。
わたしは読書したり、子供が描く絵を見たりするのが大好き。
表情を見て人の感情を判断したりもするので、目が見えなくなることを想像すると、とても怖くなります。

トイレに入っているのに気づかれずに突然電気を消されるあの感じ。
急に目の前が真っ暗になって、「あれ?わたし、死んじゃったのかな?」と思ったこと、ありませんか?
昔、長野県にある善光寺に行った時、真っ暗な回廊を通ったことがありました。
本当に真っ暗で何も見えなくて、手探りで進みました。
すごくすごく長く感じました。
一体いつ外に出られるんだろう。
早く明るいところに行きたい!と思ったことを覚えています。
自分が生きているのかどうかわからない。
いつまでこの暗闇が続くのだろう。
見えない世界を想像すると、やっぱり怖い。


Aさんは、朝が来て昼になって夜が来たことを、どうやって判断するのだろう。
視力を失い、そこから得たものはあるのかな。

そして、同じような境遇に立った時、わたしはAさんのように、周囲に感謝しながら過ごせるだろうか。
日常生活に誰かの助けが必要になった時、どんな顔をしているかもわからない人に、自分のことを委ねられるだろうか。
どんな人になら委ねられるだろうか。
改めて、身が引き締まる思いがします。
このような貴重な経験をさせていただき、Aさんとの出会いに感謝しています。
Aさんの暮らしといのちに貢献するべく、使命を果たしていきたいです。



おわりに
Aさんだけが見ている、見えない世界。
どんなことを感じて、どんなことを考えて日々を暮らしているのか、
これからちょっとずつ触れていきたいと思っています。
お風呂って、普段は話せないようなこともぽろりと話せる、不思議な空間だと思うんです。
だからきっと、チャンスはあるはず。
黒子に扮しながら、その時を待ちたいと思います♡
最後までお読みくださり、ありがとうございます!






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?