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『京都にて』 2019.9.17の日記

日帰りで京都に行ってきた。
観光でもなく、誰かに会いに行くわけでもない。
会社の出張だった。自由時間も特にない。
ちなみに京都に訪れた経験は修学旅行以来だった。なんとも惜しいことしたなぁとタクシーに乗って街を眺めていたら、一時間ほど本来の予定が早く終わったこともあり、せっかくだからみんなで清水寺にでも行こうという話になった。

現地は平日にも関わらず盛況だった。
石段の手前から見上げた本堂は改修作業中で、屋根までネットと木の足場で覆われていた。残念だなぁ、と同僚の一人が言った。そうですねぇ、ともう一人が言った。


一行は僕含めて男性四人。
また、それがどうしたって話だけど、僕はその中でいちばん年下だった。

社長が清水寺に行こうと言い出したとき、先輩の一人に、この日何度目かの「社長が○○さん(僕の本名)と話したいって言ってるから、基本、横についてなにか適当に話して」と耳打ちされた。だけど僕はさして気にせず、一行の最後尾でずっと写真を撮ったり、妻に「予定外で清水寺」とか写真付きでLINEを送ったりしていた。
もしかすると人生最後かもしれない清水寺と京都を、棚ぼた的とはいえ、逃したくはなかった。







「清水の舞台」は、観光のためなのか、一部にネットのない開放された場所があった。そこからの眺望が、この日最も印象に残っている。



見えたのは緑の山々と、左端にちいさく見える朱色の子安塔、薄い水色の空、そこを飛ぶ一羽の鳥。
ここが山に囲まれた場所なのだということも、同時に理解して。

その景色のあまりの静けさと、時間の流れから遊離したような感覚に、しばらく呆然としてしまった。
そのまま音羽の滝まで下りていきつつ、ゆっくり歩いている間も、どこかぼーっとしていた。


右側に見える市街は別として、清水の舞台から見える景色は、千年以上の昔である竣工当時からさほど変わっていないのかもしれない。

そして僕は今、それと同じ景色……昔と同じ景色を、見ているのだろうな、きっと。
そう思った。

時間の流れが止まったようだ、とはよく言うけれど、少し違う感覚。だけど言葉にし難い。
なんだろう、むしろ逆で。
時間の流れが見える、それがたしかなリアリティを伴って、眼前に現れたような。
この景色にはたしかに、きっかり千何百年と何十日の 時間 が流れたんだろうな、って。

とてつもなく長い時間、ではないのかもしれない。
たとえば一人の人間が生まれて死んでを、たった何十回(何百回?)繰り返せばたどり着ける程度の、捉えようによっては、短いとも一瞬とも言える時間。

歩きながら考えていた。
きっと僕は、今感じているこの思いのような、そんな景色を書きたい。そんな小説を書きたいんだろう。
そんな小説を書いてきたはずだ。


「景色」という言葉が、昔からなんだかとても好きで。
「懐かしい」という言葉も好きで。

そこにある自然や、人や、鳥や動物、風や気温、すべてひっくるめたもの。
五感で、もしくはそれ以上、人間の感知しうる限りの感覚で受け取ってしまって、その瞬間、過去になるもの。

観光地だから、世界遺産だから、というわけでもなく。
実家の周りをぶらぶら歩いたり、過ぎ去ったいくつかの家族や友人との場面を思い描くだけで、きっと僕は似たような気持ちを味わうだろう。


花鳥風月と呼ぶべきもの、意思がないとされているものが彩る景色を、人が彩る景色と同じくらい、これからも書き続けたいと思った。

(人間と清水寺、あるいは人間と山は、なにが違うのだろう? どれも、この宇宙に存在するいくつかの成分からできた構成体には変わりなく、一緒くたに、単なる一片の景色だと考えるのはおかしいだろうか?)








タクシーが拾える場所まで歩く流れになって、僕たちは土産物屋などが並ぶ小道を下っていった。


焼き物のお店や、お皿なのかよくわからないなんだかすごいものを展示しているギャラリーなんかを見ながら歩いて行った。
僕たち一行は、「この御猪口が一万円かよ、高いなぁ」「このお皿は○○課長の給料と同じくらいだな」とか言い合いながら、たいていは店頭にガラス張りになって展示されてある作品たちを見ていた。


ここでちょっと、らしくない話をする。
「おじさんの会話」「サラリーマンの会話」にはだいたい様式がある。基本的にみんながそれに従う。この場合だと、自分たちが触れたことのないものや文化を、やや嘲笑混じりに評価する、といった具合だ。

なんで「きれいだね」とか「これに料理を盛りつければより美味しそうに見えるね」とか普通に言えないんだろう? そう思うかもしれない。

口々に出るのは、高いとか、なんだかよくわかんないけどさ、といったやや否定的にも受け取れる言葉で。
清水寺自体も、本堂から下りたあと真っ先に「まぁ、こんなもんか」と社長が言って、えぇ、そうですね、とか上司が合いの手を入れて。


ここで僕が彼らに混じってどんな合いの手を入れて、どんな反応をしたかは書かないでおく。ただそれは、あまりにも「神谷京介」らしくない姿だし、そんなのを書いてしまった日には僕自身がふたたびへこんでしまうだろう。
つまりそっちは「神谷京介」じゃない。本名の、生活者としての僕の姿。そういうことにしておこう。







そのあと京都駅前で早めの会食をした。日本酒と京料理のお店で、これがまた美味しかったのだけれど、あんまり面白いことを書けそうにないのでこちらも割愛する。




新幹線に乗り、東京にもどって、家に帰り着いたのは夜遅く。今、これを執筆している二時間ほど前。



とにかく、あの清水の舞台からの景色の記憶を薄めたくなくて、こころを落ち着かせるよう自分自身に言い聞かせつつ、つい駆け足でここまで書いてしまった。





僕の小説は記録なのだと思った。
景色の記録。
そして記録なのだとしたら、どうせなら、千年以上先の未来にも残るような作品を書いていたい。

なにそれ、わけわかんない って、一蹴されそうな。
そんな夢想を今でも抱いている。

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本作りたいなぁ

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作家です。時間や言葉を超えて、こころの奥に届くような「未来の言葉」を探しています。 たくさんの作品が、あなたに見つけられるのを待っているそうです。

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コメント2件

神谷さま

『夢想』は誰にも邪魔されない、万が一「はんっ!」なんか言う方がいても「夢のない可哀想な人だな~」とスルーしてしまえばよいと思います。
自分の夢と想像は自分だけのもの。叶う・叶わないは別にして他人に迷惑をかけないのであれば、いつまでも『夢想』を持つことができる人はハッピーです!
京都寄りの大阪に住んでいます。

もしまた、京都に来られることがあれば、その時は「神谷京介」さんにお会いできたらいいなぁと思いました😊
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