引くべきか、留まるべきか…
(2024/11/03記)
鹿島茂さんのプロデュースで、2022年3月、神田神保町はすずらん通りにオープンした書店“Passage(パサージュ)”。棚を借りることで、誰もが神保町で書店主になれるという夢のような企画だった。
■Passageの概要
その後、切通理作さんの“ネオ書房@ワンダー店”、樋口尚文さんたちの“猫の本棚”、今村翔吾さんの“ほんまる”など、陸続と開店することになる、いわゆる「シェア型書店」の先駆けである。
「街の本屋さん」の衰退や「ひとり書店/本のセレクトショップ」の拡大といった話題を背景に、シェア型書店は注目を集め、鹿島さんの人脈や知名度もあいまって“Passage”は順調に「棚主」を増やしていった。
現在すでに4店舗を展開し、「棚主」も700人を超えている。最近では「世界最大のシェア型書店」との呼び声もある。
鹿島さんを筆頭に、高山宏さん、四方田犬彦さん、原武史さん、佐々木幹郎さん、片山修さん、平野啓一郎さん、堀江敏幸さん、角田光代さん、金原瑞人さん、林望さん、柴田元幸さん、内田樹さん、大竹昭子さん、豊崎由美さん、出口治明さん、大澤真幸さん、阿部公彦さん、島田雅彦さん、青柳いづみ子さん、朝吹真理子さん、森まゆみさん、杉江松恋さん、松原隆一郎さん、中島京子さん、谷川渥さん、柳瀬博一さん、猪瀬直樹さん、蜂飼耳さん、楠健さん、中江有里さん、そして千倉真理さん……。
■棚主さん総覧
錚々たる面々が、借り受けた棚に思い思いの本を並べている。名のある文筆家の棚の中には、献本の処分と覚しきラインナップを見受けることもあるが、自著のサイン本や執筆資料の放出などもあって興趣をそそられる。
そんなこともあってか、いつ訪れても人通りが絶えないのは大したものだ。
知り合いの編集者でも、元光文社の駒井稔さん、講談社の横山建城さん、吉田書店の吉田真也さん、晶文社の竹田純さんといった方々が棚を借りて、自分の担当書、関係した本を販売している。
私が最初の“Passage”に棚を開設したのは2022年の6月のことだ。まもなく2年半が経過しようとしている。
力のない書肆にありがちな、新刊時を除けば基本的に注文販売に陥りがちな状況を打開し、自分の担当した書籍をまとまった形で読者に供することが出来るよう、確実に置いておける場所が欲しかった、というのが棚を借りた一番の理由だ。
稀に、地方から上京した読者が会社に電話をくださり、東京でこの本が確実に手に入る書店はどこか、と聞かれることがある。
刊行から間もない書籍なら、紀伊國屋書店新宿店や丸善丸の内本店を覗いてください、と案内すればいいだろうが、すこし前の本だったりすると、そうした大書店でも欠品していることが少なくない。
そんなとき、神保町の“Passage”へ行けば確実に置いてあります、と応えられたらいいなぁ、と考えたわけだ。
■私の店舗(俯旗軒)
とはいえ、神保町に限らず、文芸書や人文科学書に比べて、私のお手伝いする社会科学書の売れ行きは渋い。私の担当書籍がどの程度売れてくれるものか、儲けるつもりはさらさら無いがせめて月々の棚の賃料をカバー出来るほどになるのか、不安もあった。
そこで棚を借りるとき、相反する可能性のある2つの目標、というか条件を考えた。まず「3年間、棚を維持できるように頑張ってみる」ということ。そして「持ち出しが30万円を超えたら潔く撤退する」ということだった。
“Passage”のウェブサイトを見ると、棚主募集の惹句に「月額4000円から(初期費用 1万3200円)」と書いてあるが、これはあくまでも最低賃料であって、手の届きにくい上の方の棚や人の目に触れにくい床近くの棚、柱の陰の狭い棚といった、あまり条件のよくない場所の可能性もある。平均的な賃料は6000~7000円/月にはなるのではないか。
ただ、これは最初に開店したpassageのレートであって、新しい店舗ほど(後発のシェア型書店との競合が発生したため)賃料が下がっているという話も聞く。
とまれいずれにせよ、私の入居した「ラブレー通り 2番地」という棚は月々の賃料が7920円で、平均よりややお高い。上から二段目なので身長160cm以下のかたが手を伸ばすのは難しい立地だが、それでも年間の店(棚)賃は10万円に迫る。
ちなみに最も書籍を手に取りやすいのは棚にもよるが3番地、4番地、すなわち上から3段目、4段目あたりであり、この高さで更に幅の広い棚などはもっと高額の賃料が設定されている。
書籍は自分で持ち込む。私は会社から8掛けで書籍を買い取り、定価で販売している。近所の新刊書店に迷惑をかけないよう割引きはせず、基本、最新刊を置くことも避けている。
また新刊書店に不快感を持たれては困るので、千倉書房の名前は出さず、あくまでも私の個人書店ということでやっている。
余談ながら棚主の中には、出版社の名前も散見される。販売アイテムの少ないKADOKAWA富士見L文庫編集部や白水社、B本の販売であることを宣言しているアルファベータブックス、「書店ではほぼ買えない」と銘打っている青土社、東京での流通に難のありそうな亜璃西社や寿郎社(ともに北海道の版元)などはともかく、割と普通に商売している感じの晶文社、平凡社新書編集部、教育出版社、草思社、西村書店、国書刊行会などは、新刊書店に嫌な顔されないのかしら、と人ごとながらちょっと心配になる。
閑話休題。棚から本が売れるとメールで連絡が来て、売上から10%の手数料を引いた金額が、翌月、登録した口座に振り込まれるというのが一連の流れである。
さて、私は先月(2024年10月)末までに29カ月、22万9680円の賃料を支払ってきた。このほか初期費用の1万3200円がかかっている。そして本の仕入れに投じた費用は11万5360円に上る。
書籍の価格は様々だが、売れるペースはおしなべてひと月半に1冊程度であった。もしこの11、12月に1冊も本が売れないと、私の計算では、12月には持ち出しが29万8411円に達する。
複数冊売れる月もあれば、何カ月も売れない月が続くこともあったが、結局、29カ月のうち、売上が賃料を上回ったのは、ふた月だけにとどまった。
棚の維持3年を目指してきたものの、残念ながら持ち出し30万円の条件に引っかかってしまいそうだ。年内いっぱいが引き際だろう……
そんな話を、出版業界に何のゆかりもない友人にしたところ、ちょっと待て、と思いがけない引き留めを食った。
なんの宣伝も告知もせず、ただ棚に本を並べ、時折、前後左右を入れ替えたり、面陳にしてみたりしながら漫然と通りすがりの客を待っていただけなのに、おまえの作るクソ高い小難しそうな本がそんなに売れたのは逆に凄くないか、というのである。
営業的に見たら惨敗なのは明白で、早めに損切りするべき状況なのは分かっている。これさえなければ、この春、断腸の思いで見送った新型iPadProの1TBモデルが買えたのに、と考えなくもない。いやいや、それ以前にどれほど本が買えたか!
でも外部の目から見てそう言われると、モヤモヤとした気持ちが湧きあがる。年内撤退か、取りあえず3年(2025年5月まで)頑張るか、決断のタイミングは迫っている。