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【クリミナル・マインド シーズン8】漆黒の光が放たれる

「君の人生は終わろうとしている——」冒頭から大人の男性がつぶやいている。真っくらでなにも見えない目の前に、突如、大きな炎が出現する——スクリーンに映し出されたオレンジ色の炎が。
「——みな、いつか死ぬ」男性の芝居じみたセリフがまだ続く。
「残された時間を、どう過ごしたい? 輝く星となるか? まよえる魂となるか? 闇の中で生きたいか? ——」
 スクリーンの大きな炎が消えた。すると、小さくささやくように語っていた男性のテンションが一気に跳ね上がる!
「——それとも、偉大なる光を放つか——ッ!!」
 観客の歓声ともに舞台の照明がピカッとあたりを照らし、下手しもてから豪快に男が登場する! 冒頭で語っていた人物だ。
 一〇〇〇人くらいはいそうな会場の舞台まんなかに男が立ち、その後ろのスクリーン近くに並べられている電子火花が、チリチリと豪華に火走っている。観客たちの心はもうわしづかみ。拍出の音色が止まらない。

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「今日、君たちは本当の自分に生まれ変わるんだ!」
 また、会場の照明がくらくなり、観客たちの拍手も止まった。
 スポットライトが当たっている舞台の男の名は、バリー・フリン。四十代くらいの白人で、髪みは白髪の目立った短髪をしている。黒ベースのワイシャツに、少し色をずらした黒のスーツを着こなし、まるで「TED」のプレゼンのように自信高々と彼れの講演が始まりだす。

「誰れにでも、唯一無二ゆいつむにの才能がある。この世に生まれてくるのは、その才能を分かち合うためだ。そして、人はこの世に偉大なる光を放つことができたとき、はじめて感じるんだ。
 真の目的と達成感。そして、喜びを!」
 観客たちの拍出が起こる。彼れらのほとんどが、三十代から六十代といった感じで、人種や性別にも偏りはなさそうだ。
「僕の話しをしよう——」フリンは声のトーンを落として続ける。
「——僕は社会に出てから一二年の間、才能を活かさず惨めな時間を過ごした。ここにいるみんなはどうだろう——」
 フリンが舞台観客をみわたしながら歩きだす。
「——会計士なのに、心の奥底にうずきを感じてる人はいないか? 才能を掘り起こせという、疼きだ。——それは、絵の才能かもしれない」
 フリンが観客の一人に視線を向ける。
「言葉を話しだす前から、君は絵が好きだった。そうじゃないか? シンシア!」
 舞台のスポットライトが、観客席のシンシア——三十代後半くらいで、長い髪みの先端にカールがかかった細身のブルネットな女性——に当たる。彼女は「まさか! え!?」というような驚きの顔で、周りの観客たちの様子を確認し、そのライトが自分だけに当たっているのを認知した。周りの観客たちも、一瞬、彼女に視線を向ける。そして、またフリンに視線が戻される。
「二一世紀のピカソが、世界に才能を示さなくてどうする!」
 自分の尊敬する人に名前えを呼ばれ、語りかけてくれる。ファンにとって、これほど嬉しいことはない。あまりにも感激すぎて、シンシアは言葉もでなかった。
 すると、フリンは視線をずらし、今度は違う人にスポットライトが当たる。
「ラルフはどうかな?」フリンは五十代くらいの小柄なおじいさんに、指を差しながら言った。
 シンシアのほうを向いていたラルフが、自分の名前えを言われたことに気づき、フリンのほうを向く。
「嫌味ったらしい上司に、今後も耐え続けるのか?」フリンの言葉にラルフは首を横に振った。
「それとも、前から夢見ていたビジネスを始めるのか! 今こそ、隠していた才能を明かすべきじゃないのか!」
 ラルフは首をうんうんとうなずき、観客たちから歓声と拍手が沸き起こる。
「ここで、この瞬間、本当の自分に生まれ変わろ——!!」

 憧れの人物に勇気づけられた観客たちの心は、とても高揚していた。実際にフリンは行動を起こして大成功をしている。その人がそう言うんだから間違いないだろうと、誰れもが信じ込んでいたのだった。観客たちのくすぶっていた小さな炎を、ひとまわりもふたまわりも大きくしたフリンの講演は、またしても大成功をおさめたようだ——。

 フリンの講演で名前えを呼ばれたシンシアは、特別に彼れの個人レッスンを受けていた。ちょうど、レッスンの終わる十五分間が終了したので、二人は裏口から会場のほうへと向かって移動してくる。シンシアの興奮度はまだおさまっていなかった。
「なんか、信じられません! ウフフ、だって一生ないと思ってましたもん! あなたに直接会えて、名前えまで呼ばれるなんて!」
 三十代後半のシンシアは、とても綺麗でおしとやかな印象がある。脇まで届きそうな長い黒髪の端は、おしゃれにカールがかかっており、ブランド物の手提げバッグに、グリーン系でカーキ色のチェスターコートを羽織った女性。冷静な判断力を持っていそうな聡明さと知性、誠実さ、それでいて謙虚で控えめな女性が、この時ばかりは、まるで宝クジにでも当たったかのような浮かれ具合だった。
 しかし、そんな美しい女性といながらも、フリンの様子は少し冷めている。というより、むしろ、居心地の悪さを感じてるといった様子。シンシアの言葉に笑顔な反応を見せているが、目が笑っていない。あれは、作った笑顔だ。
 フリンはシンシアの言葉をさえぎるように、口を開いた。
「シンシア! ——こちらこそ光栄だ。応援してるよ——」フリンはシンシアの肩に手をやり、事務的な言葉をおくる。
「——思う存分、才能を発揮して」
「ええ! もちろん! 約束します」
「頑張って」
 やっと、シンシアが帰っていった。フリンは「やれやれ」といった感じで、左手で鼻をさすった。
 しかし、講演の終わった会場には、まだサイン待ちしてるファンたちが残っている。今のフリンは、ファンたちの相手をしてる気分ではなかった。すると、そこに三十代くらいの女性マネージャーが話しかけてくる。
「今の人で最後だけど、あと、サインを待ってる人達が……」
「断れ」フリンは言った。そして、「ひとりになりたい」と言って、サイン待ちのファンをそのままに、会場から出ていこうとする。
「いつ戻る?」
 フリンは、女性マネージャーの言葉を無視して会場を後にした。
 女性マネージャーはこの場をうまくやり過ごそうと、機転を働かせて「そうですかー、わかりました!」とフリンの出て行ったほうを向いて言って、ファンのほう向き、「ごめんなさい、みなさん。フリンは打ち合わせが入ってましたー」と、なるべくファンたちの心を傷つけないように、申し訳なく言った。当然、不平不満の声が漏れていたのだが、こればかりは仕方ない——。

 先ほどのシンシアが会場から出てくる頃には、外はすっかり暗くなっていた。しかし、浮かれた気分のまま帰宅してきたシンシアはまだ気づいていない。まさか、会場から出た数秒後、フードを被っていた人物に、後をつけられていたことを。
 シンシアは上着とバッグをソファに置き、今日の最高の出来事を思い返そうと、日課となっているフリンのCDを再生する。
『まずは、第一歩を踏み出そう。ここで覚悟して欲しいのは、きっと、まわりが止めると言うこと——』
 シンシアはニコニコしながら、フリンの書籍にも目を通す。
『——だが、気にするな。他人の説得になど耳を貸すな! ——』
 シンシアは書籍を閉じ、シンクのある場所へ移動して、グラスに赤ワインを注ぎだす。
『——誰にも邪魔させちゃいけない。自分の道を突き進めば、栄光は訪れる——』
 フリンの声に満足したシンシアは、ゆっくりお酒を飲みながらくつろごうと考えた。CDプレーヤーのほうへ移動すると——
「ハッ!?」
 シンシアは驚愕きょうがくする。両眉がおでこのてっぺんまで上がり、眼球が飛び出てしまうほどの驚きだった。自宅はひとり住まいなので、セキュリティ対策もしっかりしている——はずなのに、いったいどこから侵入してきたのか、まったく知らない人物がひとり——立っていた。その距離、わずか三〇センチほど。しかも、相手の手には奇妙な形の鋭利な刃物が握られている。
「ちょっと、あなた、いったい——」
 すぐに口を押さえられ、シンシアの頸動脈から血飛沫が激しく散った。その勢いは部屋の壁にもかかるほどだった。半円状の変わった刃物で裂かれた首は、皮がビロンとめくれ、そこからどす黒い骨まで見えてくる。フードを被った人物の奇行はまだ続き、すでに彼女は亡くなっているにも関わらず、上半身を刺し続けていた。それも、一箇所に集中しないよう、まんべんなく。何度も——何度も……。そして、その人物は去さるまえにメッセージを書き残す。

『悪を聞き、悪を見る』

 それは、赤い文字だった——。

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「わずかな勇気の欠如が、多大なる才能の損失を招く」
 軍人 シドニー・スミス

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