(戯曲) ヘアカットさん

人物
目黒とか
大崎とか
田町とか
空桶寛子(からおけ ひろこ)とか
司会とかソテーとかヘアカットさんとか
場所
新宿南口の紀伊国屋書店
代々木のカラオケ館
ヘアカットの「さいとう」など
舞台
セットは、本のつまった本棚が後ろに並べてあり、舞台中央にはマイクが天井からぶらさがっている。
マイクを囲むように、椅子が3つ置かれている。
上手には椅子が並べてあり、演技していない俳優は、そこに座る。その際、原則として客席を凝視すること。立てそうであれば椅子の前に立ってしまってもよい。
そのほか
マイクと椅子以外の小道具は、原則的に本で表現する。(例:ソテー→ソテーの本)
台本上の*は、シーンの区切り・セリフの区切りだが、演技でそれを表現すべきで、暗転などを挟むほどのものではない。


第一部

目黒、出てくる。息を荒くしている。

目黒 新宿南口の、ここ紀伊国屋書店にて歌う。私はそのとき、本の立ち読みをしていましたけど。

♪目黒の歌
今日は君がいなくなってから
ある何日かの後の、ある何日か後の
職場の森をすり抜けて、帰り道
月は、星は見えないけれど
毎日が暮れてゆく
 
笑う横顔と喉の汗
飲みかけのコーラ、飲み干した
薄暗い店内で歌ってた
そうやって過ごしたこともある

君がいない、隣にいるはずの君が
そんなことを考えたり考えなくなったりしたころ
触れ合った感触がこぼれていく
色褪せてくのかな
いやだなあ

でも本当に、だけど本当に君と過ごしたことを思いだすたび
私たちのあいだに立ちはだかる壁の
ひとつひとつの手触り、存在感
そういうものすべてが刻み込んでる
君がいたことを

触れ合った感触がこぼれていく
色褪せてくのかな、いやだなあ
今はもう遠い
ひとつになっていたあの頃
感覚的だけど理解もできる
私が君にしてあげられることなんてなにもない
それが一番いいことなんだと、
今君を思い出して、昨日も今日も明日も思って、でも君はいない
私はまだここにいる、勝手に行ってくれ、もう出てこないでくれ、私はひとりでここに来て、私は新しい一歩のために新居を探している、つややかな朝がやってきてすべてを切り裂いて、私は新居を探してインテリアを考えて今、インテリア雑誌を探して、そりゃ立ち読みだけれども、それだって誰も邪魔しない、店員はむこうで新刊を積み上げている、雑誌を読んでいる若者と若者の声がうるさくこだまする、おばあさんが本を探して検索用コンピュータをじっと見つめている、そのまわりでは子供が子供が走り回っている、母親はベビーカーを見つめている、おじいさんはよぼよぼ、併設のCDコーナーで視聴をするブーツのOL、楽器コーナーのひまそうな店員、楽器コーナーの、そうだ、新しい白い部屋には角にピアノを置こう、窓にカーテンが揺れる、そんでふかふかのソファ、心地よい音の時計は四角いの、部屋の奥には洗濯機の回る音、実家から持ってきた万能洗濯機、ぐるぐるとぐるぐると、私にはこれしかまだない、実家から持ってきた洗濯機、新居にまだひとつ、ぽつんと洗濯機、私の土地にひとつだけの、私は紀伊国屋でインテリア雑誌を凝視する、まだ洗濯機しかない、買う予定の私の土地、実家から持ってきた、持ってくるはずの、洗濯機が回る、古い古い、実家から持ってきた、古い……!

目黒 目黒でした、ありがとうございました。

目黒、後ろにある本棚で立ち読みをはじめる。
司会、本棚の後ろから、出てくる。

司会 サウンドシステム!(音響を入れる掛け声)
   イントロダクション!
   田町、フロムジャパン!

田町 (登場する)ひさしぶり!

司会 大崎、フロムジャパン!

大崎 (登場)ひさしぶり!

司会 アンド、さっき歌ってた目黒、フロムジャパン、イン新宿南口!

目黒 元気?

司会 三人、友達! 代々木!の駅前でひさしぶりに会った! 向かって左から田町、大崎、目黒!

大崎 ひさしぶりー

目黒 元気?

田町 割合に元気はない、このまえバイクでこけて入院したから。今は元気だけど、退院したばかりで、
……考えごとしてて、こうやってバイクにまたがってたら、
風ふく
急にゲリラ豪雨
おれ
驚いて
弾みでバン(こける)
こけて
バイクに
下敷きに
……で骨、折れて、
だから、恥ずかしいから、お見舞いはやめてね!

目黒 うんわかった、じゃあ退院したら、大崎とみんなで遊ぼう



大崎 田町が入院したって目黒から聞いて、それでひさしぶりに田町を思い出した。どうせ田町のことだから、ぼうっとしてたんだべ、でも骨折るくらいでよかったな、
で、目黒は、
いや大崎くん、

目黒 その
バイク
の事故なんだけどね
それ自体は
たいした事故じゃないんだけど
ね大崎くん
なんか田町、
面会拒否するって
誰にも
会いたくないって

大崎 おいおい事故で落ち込んでるんだな、
当分リーブ・ヒム・アローンしてやんなよ、つまりそっとしとくってことだ

目黒 わかった。じゃあ、大崎くんの助言を聞いて田町をそっとしておくことにするよ



目黒 で、田町の退院を待って恐る恐る、「退院おめでとう、怪我は人生につきものだそれを糧にしてお前はまた一層強くなるぜの会」を開くことにしたんだ


目黒 カラオケ行くか?

大崎 ほんでカラオケー



司会 エーンド、空桶寛子! 

空桶 (登場する)歌え!
よく来たな! カラオケ館にようこそ!
いらっしゃいませ!(マイクを投げる)

田町/大崎/目黒 いらっしゃいました~

田町、マイクを掴む。

田町 じゃ、誰から行くかな?

大崎 いいよ入れて。

目黒 わたしコーラ。

田町 おれビール。

目黒 田町、うたえよ!

田町 いいの? じゃあ行かせていただきます。

大崎 おれもビール。

目黒 ビールと、コーラください〜

田町 (リモコンを押してリクエスト)そらよ!

曲、流れる。

大崎 なんだよこの曲!

田町 じゃ、いかせていただきます。

目黒 懐かしい!

田町 へへっ、ようこそ!

大崎 何がようこそだよ。

目黒 コーラまだかな。

田町 代々木のカラ館へようすこ~!

大崎 はやく歌えよ!

田町 まだイントロだよ!

大崎 お、おう……

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