(戯曲) グァラニー 〜時間がいっぱい

人物
はるお(私)
水野(はるおの妻)
母1(はるおの母)

三木真紀(はるおの孫)
友子(真紀の友達)
母2(真紀の母)

喫茶店の店員


第一場

はるお以外の女性6人、舞台奥にいて、緊張しながら、本番を待っている。
店員の女、出てくる。

店員 セイヤ!

女たちの踊りがはじまる。
しばらくすると、サラリーマン姿のはるおが登場し、舞台中央の椅子に腰掛ける。つかれている。
やがて、女たちがはるおのまわりに集まってくる。

はるお (集まってきた女たちを眺めながら)ムーイ・ビエン!

……誰も興味ないだろうが。……誰も興味のないことを話さなければいけないことは辛いことだ。
……なのに、私は、それが必要かどうかもわからないのに、……つらいことなのに、話すことにする、……私は、パラグアイという国にいた。それを今、思い出している。
こんなことを話すのは、……決まって今を後悔をしているときなのかもしれない、とは誰かや大勢の、誰かが言っていた気もしている。だけれど、きっと、この話をし終わったら、私は、かけがえのない高揚感に溢れているだろう、だって……過去を摘み取ることは、今の私を、そのままで、受け入れることになるからだ。だから話すことにする。私はもう、すべてを語っている。

とにかくここは町田の喫茶店ということになっている!

ビートルズのBGMがかかっている店内。
店員、マテ茶をもってきて、差し出す。

おれは新宿へ通うサラリーマン、いま、サボっている。
(外国人のような素振り、例えば人差し指を相手に向かって数回ふる)わかっている。おれがこんなに、こんなふう(女たちを侍らせている状態)になっていて、ちょっとうらやましいんだろう? もしくは、別にと思っているんだろ?
それでもおれは、パラグアイにいたころのことを思い出して、感傷的になっているんだ。こんなになっているのに、実際は感傷的になっているという、このミスマッチさがちょっといいんじゃないかな? 少なくとも私はそう思っている。実際感傷的になっていることを悟られるのは恥ずかしいし、でも実際に感傷的になっているのは本当だから、こんなこと言うのは言い訳だということはわかっているつもりだ。こうなったら感傷的になっていることを隠すことはもうしない。そもそも最初に「誰も興味ないだろうが」なんて言って始めたが、本当はすごい興味を持ってもらいたいんだ。さっきはすべてを語っていると言ったけれど、実際のところまだ何も語っていない。まだ何も語ってないのに、もう勝手に一人で感傷的だ。今の思い、これから話すことを整理しながら、話そうとしているからこそ、それらの、自分の中にあるイメージが溢れてきて、それを話す前から、先走ってひとりで感傷的になっている。それはでも、しょうがないことだと思う。私は、すでに済んだ体験のことを話そうとしているので、私だけが感傷的になるのは仕方ないことだろう。何度も言うが、私は感傷的だ。私、という主語も、そんな感傷的な自分を表現するために、わざと、無理やり、使っている。でも別に感傷的な自分は嫌いじゃないんだ。嫌いじゃないんだというのは、ちょっと表現をぼかしたのであって、本当はまあけっこう好きなんだ。もう理屈くさい前置きは厄介で鬱陶しいだろうこともわかっている。でもわかっていると言いすぎているので、本当のところはわかっていないんじゃないかと疑いたくなる。それはもう、わかるとかわからないとかとは別に、わかってるって思うときほど、表面上は何となく「わからない」と言っておこうという自分の卑しい、性質だ。情けないとも思うし、ダサいと思う。でもダサいなんて軽はずみに言うのはよさないだろうか。ダサいなんて人を小ばかにするような言い回しは好きじゃないし、何のプラスにもならないと思う。大事なのは心意気とそして継続することなんだ……。
もう何の話をしているかわからなくなったんじゃないか?
私は南米の、パラグアイという国にいた。
……十数年前のことを思い出すと、順を追っていこう、飛行機に乗ってどきどきしていたことを初めに思い出す。僕は父親の仕事で南米に向かっていた。成田のことは覚えていない。でも機内のことは覚えている気がする……。
(マイクで)「皆様、本日はヴァリグ航空何とか便サンパウロ? 行きにご搭乗いただき、ありがとうございます。当機は成田を予定通り出発いたしました。……シートベルトのサインはまもなく消えますが、……まもなく消えますが……」
なんか違う気がするんだよな! 僕は最近飛行機なんて乗ってないから、機内でなんてアナウンスされるのかなんて覚えてない。なんかイメージで適当に捏造するしかない……あ、これは口に出すべきではないな。
ていうかこんなことはまったく記憶にないな……。機内のことを覚えていると言った手前、機内の様子を説明しようと思ったのがいけなかった。機内の様子よりは、初めての長距離の飛行機に緊張して、いやそれには興奮していたのかもしれないけど、どっちだ……。
ああ、もう飛行機に乗ってたことは正直ぜんぜん覚えていないや! 順を追ってしゃべろうって言った手前、まずはパラグアイに向かうところからはじめようと思っただけで……いや、なんでもないんだ。そうそう、えーと、とにかくパラグアイという南米の国に行ったのだが、パラグアイに着いて、あれはたぶん早朝だった……早朝と言うことは日本は真夜中だってことはあのときもなんとなくわかっていたような気もする。とにかく朝は朝だった。僕は、そこの日本人学校に通ったのだけど、僕たち家族は、初め、首都のアスンシオンの内山田というホテルに暮らしていた。誰かに空港まで迎えに来てもらって、そのまま、内山田に向かった。
空港から内山田までの車はもう、なんだか異世界のように僕に迫った。緑多き、南米の雨季の、雨は降っていない日……感傷的な感じに言ってみた。
内山田に着いた日は、僕はとにかく眠かった。僕はなんだかわからないまま寝た。母親も親父も妹も寝た……いや親父だけ先にシャワー入った。そしたらシャワーの、浴槽の中で親父はシャワーを浴びなかったからだと思うけど、浴室と、部屋は普通にこう、段差っていうか敷居? がなかったから、シャワーの水が部屋に溢れ出してきて、親父は寝ぼけていたのか、焦っていた。母親はたぶんなんでこんなことになるの、みたいに……怒ってた。今思えばそんな対したことないけど、すごいそれが……親父のシャワーの件がすごく精神的にみんな参ってとにかく寝た。おれは寝る前にトイレに行ったと思うが、なぜかトイレに行くことに、モチモチの木ばりに怯えてた。……モチモチの木を引き合いに出したのは別にいまちょっと思いついたからだ。あれもなんかそわそわする話だった。モチモチの木って、じいさんと子供がモチモチの木の近くに住んでいて、モチモチの木が夜になると変に迫力があるから怖くて子供は一人でトイレに行けないみたいな話だ……トイレを流したかどうかまで細かいことは覚えていない。
時差ボケでよくわからないまま朦朧として寝たのだけど、何時だかわからない時間に慣れないベッドから僕は、落ちて唇を切った。母親はそれに怯えてた。なんだか悲鳴を聞いた気さえする。でもそれはそのときの僕の気持ちを効果的に演出するように取ってつけた記憶の気もする。とにかく母親も僕も、妹は寝てて、たぶん親父も寝てたから、母親と僕は、怯えてた。知らない土地で、知り合いもいない土地で恐怖……

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