見出し画像

舞台『海辺のカフカ』を観て

  昨年観た舞台『海辺のカフカ』のことを何度も何度も思い出す。15歳。旅立ち。父親。生い立ち。別れ。孤独。告白。人間の寂しさがすべて詰まったような優しい話だ。蜷川幸雄さん演出で世界で再演を重ね、ついに昨年が最終公演となった。私は村上春樹さんがだいすきで……と恥ずかしげもなく言えるほどだいすきなので、念願叶っての観劇だった。どの場面も、どの光も、苦しいほど美しかった。

  私は今は、ひとが抱えられるほどの小さなサイズで舞台の様に物語を演出する制作を目指しているが、元々は映画や舞台の衣装デザイナーを志して多摩美術大学のテキスタイル科に進学した。大学在学中はよくシアターコクーンの当日券に並んだ記憶がある。舞台への憧れが邪魔をして感動する程に焦っていたのが懐かしい。だから『海辺のカフカ』を観たときは「舞台に携わってなくてよかった」と心底思った。全力で感動できてよかった。あの風景をどうやったらずっと忘れられずにいられるのか、クライマックスで流れたシガーロスを聴きながら本気で悩んでいる。

  今年もチケットをたくさん買ってたのしみにしていた。選ぶ時間もたのしかったな。昨年、産後の息抜きに必要なのではとひとりで買い物や喫茶店に出掛けてみるも、ただただ疲れてしまう時期があり、そんな時に探している場所を見つけた気がしたのが劇場だった。これから同じ世界を目撃する人々と静かに肩を並べる時間、みんなのなかでひとりになるあの時間は、息抜きを超え力が漲った。再開したらまた、私は私のためにチケットを買おうと思う。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?