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豪華客船たてこもりポテトチップス事件

むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
ふたりは一緒にニューイヤークルーズに行く予定でしたが、おばあさんがボイコットしました。
そこでおじいさんは、おばあさんのかわりに、大学生の孫娘をさそいました。

そういうわけで、当時二十歳とすこしのわたしは、分不相応な船旅に赴くことになったわけです。

その当時、わたしは貧乏だった。
衣食住はまあ確保されていたけれど(食は若干あやしかった)、残高に50円と印字された預金通帳しかもっていなかった。(その50円をATMで下ろすには950円入金しないといけなかった。50円がどうしても必要な人間は950円など持っていない)

そんな小娘が豪華客船に(しかもいちばんいいお部屋だった)乗るために、必要なものはなんだと思いますか?

服です。

Tシャツとジーパンと作業用つなぎしか持っていないやつは豪華客船には乗れません。
クルーズのしおりにはこう書いてありました。

――非日常のおしゃれを楽しんでいただくために、
「フォーマルの日」「セミフォーマルの日」「カジュアルの日」を設定しております。

わたしのタンスに入っているTシャツとジーパンはきっと、カジュアルの日でも通用しないでしょう。だってしおりに載ってた参考のイラスト、お姫さまみたいな格好してたもん。
カジュアルなイラストもバリのプールサイドにいる人みたいな格好だったもん。

そういうわけで祖父に軍資金をいただき、とりあえずお姫さまみたいな服と靴を用意した。クルーズが終わったら、次に着る機会は結婚式の二次会かな。

船はね、すごかったです。

船内にカジノと映画館とプールとジムと……なんかそんな、あ、映画「タイタニック」を想像してください。あれです。救命船をちゃんと積んだタイタニックです。そしてわたしが泊まったのはジャックじゃなくてローズの部屋です。

ローズの部屋にはお風呂がついてました。窓から海が見えました。海鳥以外には覗かれる心配のない窓です。

出航の際には紙テープ送りされました。ドキドキわくわくの出航!
行くぞ! グランドライン!!! 海賊王に俺はなる!!


酔いました。


完膚なきまでに酔いました。
いや、違うんですよ。ジャックの部屋だったら酔ってなかったと思うんですよ。ローズの部屋は船の上の方にあるんですよ。船の上の方は下より揺れるんですよ。海もちょっと荒れてたんですよ。

船酔いって地獄だな。
ジャックが陸に上がってもゆらゆら揺れてた意味がわかったよ。(あ、こっちのジャックは「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャックです)

意気揚々と出航してから二日はほぼベッドにいた気がする。陸が恋しかった。揺れない地面が恋しかった。
たしか三日目くらいから海に慣れて(海に慣れる、ってかっこよくない?)、ふつうに過ごせるようになったけれど、逃げ場のない船酔いはつらかったなあ。
今後船酔いのひとに出会ったら、わたしは果てしなくやさしくできる。

復活してからは、船内を歩き回ったりDVD借りて映画見たりデッキをひたすら何周も無心で走ったり…………

え? 豪華客船っぽさが全然ないじゃないかって?

…………人はね、突然上流社会に放り込まれても、突然貴族になれるわけじゃないんですよ。たとえ格好はお姫さまでもね!
だいたい船内には、もう隠居された年配の方々か、蝶ネクタイが似合いそうなお子様たちが多かった。
少なくとも同年代は一人もいませんでしたね。通帳の残高50円野郎は一人もいなかったと思いますよ。

小耳に挟む会話は、
「どちらが高いの?」
「私は下のほうですね」
とか。
意味わかります? 血圧の話です。ちなみに下の方が高いその御仁は元警察の偉い人だった。

そういうわけで、わたしは豪華な食事に四日くらいで飽きました。
いいプランだったおかげで、航海中は大食堂じゃなくて、サロンでのお食事だったのですが、船酔いも手伝って早々に食事(フォアグラとか出てくるんだよ)に飽きた祖父は部屋に引きこもり……ひとりでサロンに行ったらウェイターさんに心配されてつきっきりで給仕された。
そうか、エスコートがいるんですね。

そんでとうとう、その夜わたしはサロンに行かず、部屋でカップラーメンを食べポテトチップスをつまみながら借りてきた「ユージュアル・サスペクツ」を観て手に汗握ったのだった。

カップラーメン本当においしいよね。こんなこともあろうかとジャンクフードを買い込んで戸棚に隠しておいたんだ。
久しぶりのポテチも本当においしかった。安心する。キャベツ太郎もおいしかった。ごめんフォアグラ。きみはカップラーメンに負けた。

ジャンクな香りが漂う部屋で大満足の夜を過ごしていたら、電話が鳴ったわけ。

何事、と思って恐る恐る受話器を取ったら、声の主は料理長でした。

「わたくしどものほうで、なにか不手際がありましたでしょうか」

ないよ!!!!!

料理長! 料理長はちっとも悪くないよ!!!!!

ディナーをボイコットして部屋でカップラーメン食べてるから心配しなくていい…………なんてこと言えないので、慌てて「ちょっと具合が~」って言ってごまかしました。

料理長は具合が悪いと言った我々のために、おかゆと塩むすびを持ってきてくれました。料理長自らが。
わたしはお出迎えするためにジャンクフード臭を一生懸命ちらしました。
扉を開けたら、片膝をついた料理長がそこにいました。わたしも慌てて中腰になりました。

翌日からはちゃんとさぼらずサロンに行った。
心底思ったよね、コース料理は年に何度かでいいって。そういうのを食べ続けられるのも特技というか、育った環境によるんだよな。きっと。かといって毎日ジャンクフードも無理だが。

貴族はすごい。

創作物で、王族とか貴族とかがお忍びで市井に出て、庶民の食べ物食べて感動したりするじゃん。おいしいって。
あれ本当だったんだって、このときわかりました。

豪華客船に乗って、思ったよね、

マリーアントワネットにもカップラーメン食べさせてあげたいなってさ。
キャベツ太郎も食べさせてやりたい。

貴族はすげえ。


サロンで起きた印象的だった極めつけは、最終日、

「あちらのお客様から」

と、赤ワインのグラスをいただいたこと。
笑顔で「ありがとうございます」と言っていただいたんですが、内心とってもどきどきしてた。「これ物語で見たやつ!!! 『あちらのお客様から』!!!! 映画で見たやつ!!!」

お父様とお嬢様でいらっしゃっていた素敵なお二人でした。

ほかにもまあ、なんか細々いろいろ事件はありましたが(そしてそのどれもが「豪華客船」という舞台に似合わないスケールの小さい事件だったことは言うまでもありませんね)、わたしからひとつ言えることは、

陸が(「おか」と読んでください)いちばんだぜ!!

ってことですね。
海賊にはなれそうもありません。

さらば、グランドライン。

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