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会社員から番台のあいだに

木曜日の夜19時、雨が降っている。
シフト交代のときに女将さんが、
「今日はなんか疲れてないね」と言った。

いつも表情をみてくれていたんだな、と思いながらも
ちがうんです。今日は。
これたぶんアドレナリンです。



仕事で大きな提案をしようとしている。
上から命じられたわけではない。
むしろ説得しなければいけない。

まさか自分がこんな行動を取ろうとするなんて思わなかったけど、やらずにいられない!という気持ちになっている。

くり返すけれど、まさか自分が、なのである。
子どもの頃から人の顔色ばかり気にして、自分が好きなこともしたいことも面と向かって言えない自分が、齢30になってアイデアを会社にぶつけようとしている。
勤続8年目にもなるとそうなるんだろうか。
それとも30代に突入したからなんだろうか。
こんな自分に対して私が一番驚いている。


でも実際、準備を進めながらも不安が付きまとう。
自分なんかの提案を聞いてもらえるのか。
やれるのか自信はなくて、でも実現したい。

どうやったら形にできるかもやもや考えていて、
そろそろ番台のシフトの時間だと会社を出て、
金春湯に向かう道中もずっと考えていた。


山手線に揺られて大崎駅で降りる。
雨が降りしきる中傘をさして少し歩く。


この季節にしてはひんやりとした空気に触れたからなのか、頭の中がすっと整理されたような気がした矢先にふと思いついた。

脳内にイメージが浮かんだ瞬間
なんだかできるような気がして、
パズルのピースがはまっていくような感覚があって、
めらめらと気持ちがたぎってきた。

坂道を上がりながら考えを進めるうちに
歩く速度までどんどんはやくなって、
ちょっと興奮ぎみに金春湯にたどり着いたというわけだ。

「今日はなんか疲れてないね」と女将さんが思ったのは、着いた時点でまだ私が会社にいる顔つきをしていたからなんだろう。



番台の椅子に座ってひと呼吸置いたらふっとスイッチが切れた。

特に画期的なアイデアじゃないけど、
例えばあのままオフィスで考え続けていたら思いつかなかったのかもしれない。
思いつかないまま悩み続けたはずだ。

一度潜るとずっと深いところで一人ぐるぐる思考を巡らせてしまう性格の私には頭を切り替えるための場が必要で、銭湯の番台というもう一つの役割のおかげでうまくバランスが取れている。

今日はこのところにして、考えるのはまた明日。
19時からは会社員ではなく番台の自分。
会社の仕事の続きはちょっと冷静になった明日の私に委ねることにします。

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