苹果minne1

手製本「苹果(りんご)」の販売をはじめました


________________________

「あのね あさになったら ププがりんごになってたの
ゆうべ おやすみってゆってねむったのよ 
てをつないでねむったのよ
なのにね
あさになったら ププはいなくてりんごがあったの」

ルルは困った顔をして、苹果を両手に持ってみせた。
まるで毒苹果だと思った。
度を越した深さの赤は、ほとんど黒に近い。透き通るような白い肌と髪の赤い目をしたルル。背に薄い翅の生えていそうなちいさなルル。
毒を思わせる苹果は、白いルルによく似合った。似合うだけに不吉だった。

「あのね でもね みんな そんなのおかしいってゆうの
じゃあ ププはどこにいるのかしら」

私は知っている。ププは手鏡のなかに住んでいる。
真夏の盛りのことだった。中庭の木陰でルルは手鏡を拾った。梟の装飾がほどこされた銀の手鏡だ。つくりこそ立派だったが、肝心の鏡は曇っていた。
ルルにはその曇りがちょうどよかった。鏡に映るぼんやりとしたものへププと名前を与え、おしゃべりを始めた。それが双子の弟なのだと云って。
苹果も、両親が置いて帰っただけのことに違いない。

「ププ」

ルルは儚い声でププを呼び、まぶたを閉じた。
か弱いこの子供は近頃いつも睡魔に囚われる。今朝も熱が高い。ルルの頬こそ、熟した苹果だ。
私はルルの呼吸を数え、脈をとり、測定簿へ記録して寝台を離れた。
同室の少女たちはめずらしく目隠しのカーテンを閉めていた。いつもは顔を合わせて小鳥のようにさえずりあっているのに。

そしてその日の午後、ルルの姿が消えてしまった。

ここは七つ守の館。
森に囲まれ、街の喧騒からは完全に隔離されている。安らぎと癒しを求める者を、侏儒の我々が守る清浄な場所だ。
私たちは館の隅から隅まで、どこもかしこもルルを探した。
すべての部屋を、棚のなかを、ちいさな者が姿を隠しうるあらゆる処を。
裏庭の井戸を、藻に淀んだ沼を、力のない者が命を落としうるあらゆる処を。
まさか狼も眠る森へ迷いこんでしまったというのか。
捜索の呼び声が冬風荒ぶ木立のなかに険しく響く。
ルルは見つからない。
夜になっても、朝が来ても、また夜になっても、更に朝が来ても。
街から呼び寄せられたルルの両親は一睡もしていない。捜索に加わる力を使い果たし、墓から這い出た亡者同然の有様で椅子に沈む。
病に魅入られたルルは、いる失われるか知れない子供だった。
彼らは、細い糸を引き合うような緊張を、一見穏やかな日常の裏に隠していたのだ。

淀んだ雲のたれこめる午後のこと、社交室でピアノの演奏会が開かれた。菌が繁殖するように館へ広がった不穏な空気を浄めるための演奏会だった。しかし、いかに華やかに陽気な曲でも誰の気分も軽くはさせなかった。灰色の窓へ映る人々の姿は蝋人形のように生気がない。
プログラムも終盤にさしかかった頃、盲目の少女が遅れてやってきた。ルルと同室の少女である。席へ案内しようとした私を彼女は制した。
「部屋へ連れていってくださる?」
折角ひとりで社交室までたどり着いたのに、演奏も聞かずに帰ると云う。
なぜ。
問おうとして、私は口をつぐんだ。少女がひどく強張った表情をしていたからだ。
私は少女に肩を貸し、冷えた廊下を先導した。
耳を澄ませ、周囲にひとがいないのを確認して、少女は立ち止まった。
深海で狂宴する妖精たちの描かれた絵画の前だった。そのなかの一匹が苹果を貪っている。妖精は醜悪だが、その手のなかの苹果はうつくしい。
「ルルのリンゴをご存知ね?」
聞き逃しそうなほどかすかな声で少女が確認してきた。私が答える前に、少女は片手を口元へ添えてみせた。秘密の話の合図だ。私は背を伸ばし、少女に耳を寄せた。
「真夜中のことよ わたしたちの部屋に 黒い男がきたの
あのひとがくれたリンゴを ププが食べてしまったの
みんな およしなさいって止めたのに
もしかしたら ルルがいなくなったのは
あのひとが関係しているかもしれないわ」
私は少女がププの存在を芯から信じていたことに驚いた。ルルよりもずっと年上の思慮深い少女である。年齢が離れているせいか、ルルとも距離をもって接していた。しかし、すぐに思い直した。ルルの遊びを受け入れることで、彼女もやり過ごしていたのかもしれない。外界から隔絶された退屈な館の暮らしを。それはほどよい刺激となって、日々に彩りを与えたのかもしれない。
「ルルの考え通り きっとププはリンゴになったのだわ
わたしたち ルルを疑わなければよかった」
まるで暗記してきた台詞を反芻する調子で少女は云った。
「あなたにだから 話したのよ」
少女のまるい指が私の肩に食いこんだ。
私には信じ難かった。だから、肩に鈍い痛みを感じつつも、苹果を貪る妖精へ注意を引かれていた。妖精の手にする苹果がルルを思わせたからだ。海底にはほかにもたくさんの妖精が沈み、また浮かんでいる。そこへルルがひとり紛れていたとしても不思議はないように思われた。
ピアノの音が遠く聴こえる。華やかな曲であるはずなのに物悲しい。それは断片的にしか聴こえないためだろうか。
そこでふと気づくと、暗い深海の絵は構図全体が梟の顔を模しているのだった。
    ……以上、手製本「苹果」より

________________________

画像1

画像2

画像3

◆古めかしい紹介映像はこちらです→https://youtu.be/HAhcrE6HrLI

さて、手製本「苹果(りんご)」は仙台在住画家 越後しのさんの絵「愛みたいなものを」に感化されてつくった物語です。
向かい合う子たちのあいだに、なにがあるのか。それを想像して絵を見ていたところ、そこに写真家のTさんが黒々しいすてきなリンゴを持って現れたことで生まれた、ちいさな物語がはじまりでした。

→ https://note.com/kakura/n/n88c2ecf51138

これをもとに本をつくりたいと越後さんに申し出、ご了承をいただきました。

それがもう去年の冬のこと。物語を整え、手製本を仕立て、すべてつくり終えたのは、今年の11月。つくりおえてみてしばらくしてから、書いた物語の意味がわかってくるということが、よくあります。
「苹果」を書いている周辺で私が考えていたのは、「どうして地球の生き物はお互いを食べあうという奪い合うシステムを採用しているのか」ということや、肉を食べること、カルバニズムへの嫌悪感をなぜ抱いているのかということなど。
今、わかってきたのは、「奪い合うシステム」ではないのかもしれないということ。作中の人物たちが私に示してくれていました。

片手におさまる小ぶりな「苹果」ですが、夜の成分を浸みこませています。しっとりと重いかもしれません。

そんな「苹果」は、先日仙台の晩翠画廊で開かれた越後しのさんの個展「愛みたいなものを そっと」にも出展させていただきました。植物や音楽と絵画のコラボするすてきな空間にご一緒させていただき、ありがたく、ただありがたく。夢のようです。

長くなりましたが、本日、minneでの通販を開始しましたというお知らせがこの記事のメインです。
ご興味を持っていただけましたら、ぜひ、minneもご覧になってみてくださいませ。
冬の寒い夜に、そっと開くのがおすすめです。ちいさな灯りで、ひっそりとお読みください。

minne販売: https://minne.com/items/21116124 横110×縦50×幅10㎜ 60ページ 表紙:箔(銀・赤) 本文:二色刷り(家庭用インクジェットプリンター)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

ご覧になっていただいてありがとうございます!

ありがとうございます!
11
おはなしと絵と本をつくっています。おはなしの喫茶室◇www.kakura-ohanasicafe.com Twitter@ohanasi_cafe minne◇https://minne.com/ohanasi-cafe

コメント2件

これも欲しいです~。゚(゚´▽`゚)゚。ドウシヨ゚・*:.。❁
望美さん 越後しのさんの絵の入った贅沢な毒苹果です。たくさんつくったので、しばらくあると思います。いつでもどうぞ〜。ふっふふー。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。