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神さまへの手紙


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わたしは神さまの手のなかでいきていたい。

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海へ行きました。
カモメの影がさっと横切り、空を仰ぎました。
遠い水平線から波とともに吹く風はとても強くて、麻のシャツはちぎれて飛ばされそう。
そんな風に上手に乗って、カモメは遊んでいるみたいです。
神さま、波打ち際の泡立つところは砂を食って、少し汚い茶色です。
波にさらわれてゆく砂の模様はうつくしい。
水をふくんだ固い砂に裸足を置くと、かかとから地面は崩れてゆきます。
溶ける角砂糖を思い出していると、急に足にむず痒さがわきました。虫がいっせいにむらがったためでした。
神さま、海は汚くてうつくしい。
海は生きものを養い、食い、運び、溶かしています。
朽ちた魚のからだもきっと溶けているのでしょう。
朽ちたひとのからだも溶けているのでしょう。
わたしは、溶けた生きものと、波打ち際で出会っているのですね。

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わたしは神さまの道具でありたい。

ヨウロウ先生のビデオを見ました。
……生きものは何でできているの?
……食べたものでできているでしょう。
……豚も稲も地球からできている。
……ひとは地球でできている。
……ひとは地球の結節点だ。
ということを聞きました。

ずっと生きものを食べることに後ろめたさを感じていました。
わたしにはなにかの命を奪って生きながらえるほどの価値も意味もない。でも、生存本能なのか、欲なのか、食べてしまう。
どうして地球の生きものは、ほかの命を糧にして生きるシステムを採用しているのだろうと思っていました。
空気や水だけで生きられたなら、殺すことも奪うこともないのに。
ああ、でもコーヒーもチョコレートも必要なくなるのはつまらない。

神さま。
そんなことを考えながら「苹果」という手製本をつくりました。
フクロウの顔をした男が運ぶ〈黒い苹果〉の物語です。
〈黒い苹果〉を食べたひとは苹果になってしまいます。
フクロウ顔の男は、〈苹果に変わったそのひと〉を〈愛おしく思っている人物〉へ苹果を渡し、食べたひとを〈黒い苹果〉にする。さらにまた〈黒い苹果〉をそのひとに近しい人物の手に渡す……ということを繰り返してゆく存在です。
苹果を食べる側だったものが、つぎには食べられる側になる。
大切なひとがなり変わった苹果を食べる立場からすると、奪う行為です。大切なひとに自分の身を食べさせる立場からすると、与える行為です。
「苹果」の本では、双子のププとルルのもとへフクロウの男が現れます。まずププが〈黒い苹果〉になり、ルルの手に渡ります。ルルは「いっしょに生きるために食べる」ことを選びます。
ププとルルを書くうちに、思いました。からだに他のものを取りいれ、ともに生きていく、地球は命を奪い合うシステムではなく、与え合うシステムなのではないかと。

そこにヨウロウ先生の話を聞いて、考えがもう少し固まったのです。
ふるふるとかんたんに揺れるゆるいゼリーだったものが、ぷるっとひとつふるえて形を取り戻す硬さに。
わたしも、猫も、米も、コーヒーも、鶏も、シロツメクサも、石も、ぽこんぽこんと、地球から遊離したその分身なら、存在には隔たりがないのです。
わたしたちはみんなそれぞれが地球なのです。地球のさまざまな表現の形なのです。どんなものも、なにをしてもしなくても、ここに生きているだけで地球の表現なのです。ひとが決めた善人も悪人も、ここに生きてならないものはないのです。
わたしたちは束の間ぽこんと現れて、命の限り、形ある限り、世界をただよって、最期は地球へ還る。
気が楽になりました。
わたしはこのまま、ひとり生きてひとり死ぬ。それも地球の分身のひとつの形。ほかのひとにはほかのひとにしか体現できない地球がある。わたし自身に意味はなくていい。
地球がしたいことを、わたしのからだを通して行う。わたしのからだはただの道具です。実現したい夢などなくてもいいのだと、ひとに必要とされなくてもいいのだと、そう思ったら、神さま。
とても楽になりました。
遠い国のコーヒーを髪の先まで染みこませ、ぼんやりとこの世を漂います。

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わたしは神さまを知らない。

コーヒー豆を買い忘れました。でも、ちょうどよかった。今週はもう食べものに使うお金がないから。

小指を包丁で切りました。深く、切りました。
もう少し刃を止めるのが遅かったら指が短くなるところでした。
どうして小指なんか切ったのと尋ねられても、わたしにもわかりません。
たまねぎといっしょに、小指も切れたのです。
小指なんてちいさなものなのに、痛みは全身を駆け巡るようでした。
けれど、治ってくるにつれ、実際の痛みを思い出そうとしても再現できません。
手当をうけるときに顔を背ける痛み。
どくどくと拍動が集中する痛み。
ふいにぶつけると身をかがめて動けなくなる痛み。
痛みそのものではなく、周りの事柄を思い出すだけです。
傷の治ってゆくのを見ているのが好きでした。わたしのからだは勝手に生きているのだと知れるから。わたしがなにも指令しなくても、傷口は修復を始める。このからだは、生きようとしています。

猫は神さまからの贈りものでしょうか、それとも重りのぶらさがった鎖でしょうか。
猫たちがおいしいご飯を食べられるよう、わたしも働かないといけません。
わたしは人間の社会にいまだ馴染めません。はみ出てしまいます。生まれてずいぶん経つののこんなありさまでは、最期までそうでしょう。
猫はわたしを助けてくれます。
だましだましですね、神さま。

ずっと神さまと呼びかけていますが、神さま、あなたは誰ですか?
どこにいますか?
あなたの郵便番号を教えてください。住所は?
電話番号は遠慮します、おしゃべりは不安です。
あなたが実在するとは考えていません、神さま。
なにも信じられないのです。
でも、こんな手紙を、ほかに送る相手もいないのです。

夕べの月はとてもきれいでした、神さま。
雲に隠れて光の薄くなってゆくのが、まるで蝋燭の火が消えてゆくようでした。雲の向こうにうっすらと滲む明かり。それで、月はそこにあるのだとわかりました。

神さま、あなたはそこにいましたか?

ここにはいますか?

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「神さまへの手紙」手製本を、アートブックターミナル東北2020へ出品します。盛岡のCyg art gallery さんで8月1ー23日まで開催されます。東北にゆかりのある作家さんの作品がずらり。お近くの方は、ぜひ。(状況によってはウェブ開催となる可能性があります)

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「神さまへの手紙」の本は、自宅にある在庫の紙だけをつかうという制限を自らに課しました。インクジェットの黒がきれいに印刷されなかったので、黒はレーザープリンターを使い、カラーのみインクジェットを使用。
蝋引きで水滴や泡の模様を描きました。光に透かして見ていただけたらなと思います。きれいですよ。

アートブックターミナル東北には、ほかに「路地裏猫の雨やどり」「ムーン、ドロップ」も出品です。

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Cygさんでは、「神さまへの手紙」内に記している「苹果」という手製本もお取り扱いいただいています。
諸事情あり、現在minneも自サイト通販もおやすみしておりますので、「苹果」を買えるのはCygさんだけ。ぜひぜひ覗いてみてくださいませ。

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それでは、さようなら。またいつか。

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