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燕さんが暮らした街で

 祖父は黄色の靴下をはいていました。ストライプだったり、ミズタマだったり、淡いものから原色まで、とにかく黄色の靴下。
 ひとり暮らしの祖父の家に、ときどき様子を見に行くようになって、洗濯なんかを手伝ようになって、はじめて知ったことでした。それまで、ふしぎと気づかなかった。洋服に色をたくさん使うひとだったから、目立たなかったのかもしれません。靴下だけは黄色で統一していたんですね。もちろん、どうしてなのって尋ねました。そうしたら、逆に聞き返されました。
「イエローからきみはなにを思う?」
 イエロー。慎重に言葉を選ぶ祖父が、わざわざイエローと口にしたのですから、祖父にとって、その色は黄ではなく、イエローだったのでしょう。
「レモンとか」
「それから?」
「カレーライス……とか」
「それから?」
「バナナみたいな……あ、マジックオーケストラ、とか。モンキー……とか」
「一服するよ」
 とつぜん祖父はソファから立って、外へ出ました。ひまわり柄の、やっぱり黄色い靴下でした。ガレージの前にパイプイスを置いて、ぷかぷかとタバコをやりはじめました。子供や近所のひとが通りかかると、「こんにちは」とか「元気?」とか、なにか声をかけていました。小学生もね、慣れた感じで、あいさつしていくんですね。私がとなりに立っているときのほうが、はずかしそうにして。祖父の暮らしの世界には、小さい子から、学生さんから、おとなまで、いろんなひとが住んでいて、みんななんだか笑ってた気がします。ちょっとはにかんだ笑顔っていう感じ。祖父のつくる世界には、片隅っていうものがなかったな。名無しのひとがいないっていうか。
「ねえおじいちゃん」
「なに?」
「はぐらかしたんでしょ。もしかして、私の答え、いいところいってたんじゃない?」
 錆びたパイプイスに座る祖父の、あたまのてっぺんは、ちょっと毛が薄くて、ひよこに似ていました。でも、昔の写真を見たから知っているんですけれど、若い頃はツヤツヤの黒髪で、彫りの深い顔立ちは、なかなかの美男子っていうやつだったんですよね。祖母とふたりで、なんとか岬で撮った写真。そんな彫りの深い顔は、長年の秘密主義に磨かれたおだやかさだけ浮かべていて、私ごときが本心を当てられるはずもありませんでした。祖父はタバコの煙で輪っかを上手に空へ飛ばすだけで。
 そのとき答えはわかりませんでしたけれど、〈イエロー〉が祖父にとって秘密にしたい大切なことだったのは、確かだったんです。

 祖父の葬儀が終わって、家の片づけをしているときに、大叔母にイエローについて話しました。そうしたら、大叔母はこともなげに答えました
「レモンも、カレーライスも、バナナも、みんな、あなたのおばあちゃんの好きなものよ。イエローマジックオーケストラも。あなた、いい線いきすぎたのね」

                          おしまい

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コメント (2)
「祖父のつくる世界には、片隅っていうものがなかったな。」の一節が、なんだか、今の気持ちに響きます。ちなみに、ぼくの靴下はだいたい黒、たまにチャコールグレー。
ヨシカワさん ありがとうございます。「片隅」をつくらない先生を思い出して書いていました。ちなみに、うちのネコの靴下は白です。
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