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『アランの戦争 アラン・イングラム・コープの回想録』

フランス アングレーム国際漫画祭2020グランプリに
エマニュエル・ギベール氏


『アランの戦争』はアラン・イングラム・コープが振り返る人生の記憶をエマニュエル・ギベールが描き出したバンドデシネ。

 エマニュエル・ギベールの絵は繊細で緻密そして曖昧だ。その筆がときに鮮明に、時に曖昧なアランの「記憶」を巧みに表現している。野田氏が訳者あとがきに述べられているが、記憶の色としてセピア調の色彩へのこだわりにもその配慮が見て取れる。

 第二次世界大戦に従軍したアランの語りには悲壮感も充実感もヒロイックさも無く、そこにあるのは頑なに日常を実感しようとするアランたち若き兵士たちだった。

 戦争の趨勢はすでに決しており、自らの行軍中も緊張よりもいかに今を楽しむか、ということに関心があり、仲間との食事や、ハプニングなどをまるでピクニックの想い出を語るように、淡々と描き出す。
ユベール・マンガレリ「四人の兵士」という小説で、ロシアで若き兵士達がいつ始まるとも知れない戦闘を前に仲間四人が冗談を言い合い、語り合い、戦時のなかで常に日常への回帰を願っていた物語を思い出す。

 ソ連との戦後処理の駆け引きに関わる任務、戦車に轢かれるドイツ兵、ドイツ領内での略奪行為、東から逃げてきた(ソ連の捕虜になるより西側に投降するドイツ兵は多かった)ドイツ軍の将校をソ連に引き渡したり(即射殺された)と、戦争の陰がちりばめられ、若き兵士の日常と戦争の現実が対比をもって大きく浮き彫りにされる。

 このバンドデシネは第二次世界大戦の記憶は半分だ。アランの人生のほんの数年であるが、その後のアランの人生は戦地であるヨーロッパ、戦時に出会った人々で紡がれていく。
 それは終戦直後、牧師の助手としてヨーロッパに残ったアランがドイツで出会ったゲルハルトと戦後手紙で再会する55歳まで続く。

 アランの人生に劇的な展開などはない。ほんのちょっとの偶然と運だけだ。そこにたまたま戦争があっただけだ。軍隊があっただけだ。しかし、軍隊は彼のその後の人生を大きく左右していた。
 私はそれが悪いとか悲劇とか言いたい訳ではない。
このBDを通してアランの人生を共有してしまったことに戸惑いと少しの後悔があっただけだ。

彼の人生は彼の中にあるべきものではないのか。
 そう思っていた。

最後のアランの言葉を読むまでは。

存在を証明する絵画を描くためには
人生のどんな瞬間も
思い出される価値があると思わないかい?

その人にとっての人生は他人に無価値なものではないのかも知れない。

この言葉がバンドデシネの可能性と思うのは
私だけだろうか。

※国書刊行会 BDコレクション刊行時(2011年)に公式サイトに掲載されたものです

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アランの戦争 アラン・イングラム・コープの回想録
BDコレクション
エマニュエル・ギベール/著 野田謙介/訳
国書刊行会
2,750円 ISBN:978-4-336-05294-0

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フォトグラフ
エマニュエル・ギベール/著 ディディエ・ルフェーヴル/原案・写真 フレデリック・ルメルシエ/構成・彩
小学館集英社プロダクション
5,940円(絶版)

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