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書評とかレビューとか

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これまで各媒体で掲載された書評や本のレビューなどをアーカイブしております。
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2019年11月の記事一覧

阿鼻叫喚の独ソ戦をユーモアと希望で描いた傑作/『卵をめぐる祖父の戦争』デイヴィッド・ベニオフ

「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた十七歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?逆境に抗って逞しく生きる若者達の友情と冒険を描く、傑作長篇。 一言で言うなら「スタンド・バイミー」+「地獄の黙示録」+「銀河英雄伝説」だなこれは!

70年代香港のテレビ事情が熱い!/『電波・電影・電視 現代東アジアの連鎖するメディア』青弓社

 戦後の東アジアを当時の新しいメディア“テレビ”を中心に、各国でどのようにテレビメディアが扱われ、社会で受容されてきたかをまとめた一冊。    個人的に香港映画ファンとしては70年代の香港のテレビ事情が熱い。1967年「麗的映声(テレビ)」1局独占だった香港に「無線テレビ」「佳視テレビ」という二局が相次いで開局。「麗的テレビ」の1局独占が崩れ香港に三つのテレビ局が鼎立して熾烈な視聴率競争を繰り広げるという香港テレビ三国志時代に突入。その熱き戦いの中で『Mr・Boo!』シリーズ

「すべては闇から生まれ、闇に帰る」/【感想】『ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光』スーザン・ネイピア 仲 達志 訳

改めて考えると、国民的アニメと呼ばれ幾度となくテレビ放映される宮崎駿作品。近年ではSNSによって「バルス!」がネタになるなど多くの人に作品やキャラクター、セリフが共有されているものの、物語やテーマ、作家宮崎駿が作品に込めたものなどは一般では十分に語られることがなかったのではないか。 作品の成績を時系列で見ても宮崎作品でヒットしたのは『魔女の宅急便』からであり、それ以前の『カリオストロの城』を含め『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』『天空の城ラピュタ』は相次いでヒットせず

アーケードゲームを同時代で支えた団塊ジュニア世代にとって自分の青春を重ねつつ夕陽を眺めて溜息をつきたくなる本/『ゲームセンタークロニクル』石井ぜんじ

 80年代の黎明期から右肩上がりのゲームセンターが90年代をピークとして徐々に存在感を失っていくのは、1970年代生まれの団塊ジュニアが結婚して可処分所得が激減する2000年代と時を同じくしていて、まあ、その世代がゲーセンに足を運ばなくなったと思うのだ。  2000年以降のゲームセンターでは、レバーとボタンで遊ぶビデオゲームではなく、プリクラやUFOキャッチャーが主役のアミューズメントセンターになり、家の外でビデオゲームに相対する文化はほとんど無くなった。  そんな団塊ジュ

アルピニズムとはなんぞや/岩と雪BEST SELECTION 山と渓谷社

”アルピニズムとはなんぞや” とずーっと自問自答し続けてる『岩と雪』復刻版 西欧では登山をスポーツとして考え、また困難であることを良しとする“行為”をアルピニズムと呼び、いたってシンプルな思想、概念であったのに対して、日本ではなぜこうも悩ましいものになっているかは、精神主義、求道的、哲学的色彩を日本人が好みがちだからという二宮洋太郎氏の説明が腑に落ちる。 また山というものが神聖視されているのも一因じゃないかなと考えたりもする。 岩崎元郎さんは「アルピニズムなんぞ糞食らえ!」

解明されたディアトロフ峠事件/【感想】『死に山』 ドニー・アイカー

一九五九年、冷戦下のソ連・ウラル山脈で起きた遭難事故。登山チーム九名はテントから一キロ半ほども離れた場所で、この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ―。地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から五〇年を経てもなおインターネットを席巻、われわれを翻弄しつ

地獄極楽、いってきたもんのおらんけんわからん。この世で地獄におるもんが地獄じゃ/【感想】追われゆく坑夫たち 上野英信

1960年に出版された本書は劣悪な労働環境に苦しむ北九州の炭坑労働者のルポ。 これがもう、地獄。 炭坑といっても、大手資本の炭坑ではなく、零細企業が経営する小ヤマと呼ばれる小炭坑。 まず現金給与がまともに支払われない。 規定された賃金の10%が現金。30%が金券。ほか現物支給の米麦が約10%。 合わせて50%。のこり約半分の賃金は未払い。 しかも30%を占める金券は「パッチン」と呼ばれ、この金券はその炭坑経営者が運営する売店でしか使えない。 しかしこの「パッチン」支給が濫発さ

気だるい終末/【感想】『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース

半年後に小惑星マイアが地球に衝突することが確定していて人類滅亡のカウントダウン真っ最中にマジメに殺人事件を捜査する刑事のお話。  設定こそSFだが普通に刑事小説だった。ちょっとノワール気味で。 人々は半ば諦めムードで、ガンガン自殺していくし、同僚刑事も今更真面目に仕事してどうすんのさって感じで。 終末系をアポカリプスものと呼び、その終末後を描いたのをポストアポカリプス、本作のような終末前夜はプレアポカリプスと言う。ジョン・ル・カレの息子ニック・ハーカウェイは『世界が終わっ

最低ですよドン・パブロ・・・/【感想】『ネルーダ事件』 ロベルト・アンプエロ

南米チリで探偵をしているカジェタノはカフェで、この稼業を始めるきっかけとなった事件を思い出していた。それは1973年、アジェンデ大統領の樹立した社会主義政権が崩壊の危機を迎えていた時のことだった。キューバからチリにやって来たカジェタノは、革命の指導者でノーベル賞を受賞した国民的詩人ネルーダと出会い、ある医師を捜してほしいと依頼される。彼は捜索を始めるが、ネルーダの依頼には別の目的が隠されていた。メキシコ、キューバ、東ドイツ、ボリビアへと続く波瀾の調査行。チリの人気作家が放つ話

「動物に餌を与えるひとは善人」は宮崎駿のアイコンである/【感想】『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』福田里香

 フード理論とはあらゆる物語作品での食べ物〈フード〉の扱われから、人物との関わり方によりある決まった表現に落ち着くというもの。 それらを3つに集約したのが「フード三原則」だ。 フード三原則 1 善人は、フードをおいしそうに食べる 2 正体不明者は、フードを食べない 3 悪人は、フードを粗末に扱う  この三つだけでも「あるある」である。 本書は作品におけるフードシーン「あるある」を解説したもので、14章《動物に餌を与えるひとは善人だ。自分が食べるより先に与えるひとは、もはや

人口4000人の小国がアメリカに宣戦布告!【感想】小鼠ニューヨークを侵略/レナード・ウイバリー 東京創元社

 北アルプスにある人口4000人の小国グランドフェンウィック大公国。しかし、外貨不足で国家崩壊の危機に。そこでとった奇策はアメリカへの宣戦布告・・・。      14世紀から時が止まったかのようなグランドフェンウィック大公国は特産であり唯一の外貨獲得のワインの輸出だけでは立ち行かなくなる。 国内はワインを文字通り水増する〈水割り党〉と〈反水割り党〉で輸出振興策が二分していた。〈水割り党〉はワイン輸出先の80%がアメリカなので、10%くらい水増ししても味わうことを知らないアメ

【感想】イエロー・バード/ ケヴィン・パワーズ 早川書房

〈PEN/ヘミングウェイ賞・ガーディアン新人賞受賞〉 イラクに派遣された二十一歳の兵士が語る、戦場における生と死、友情と絶望。イラク戦争世代にしか書けなかった鮮烈なデビュー長篇が登場。 「その春、戦争は自分らを殺そうとした」 当事者であるものの、この戦争をどこか遠くから眺めているような詩的な語り。 アメリカへの帰属意識、戦争の目的意識の希薄さも際立つ。 21歳のバートルと18歳のマーフは兵士としてイラクにいる。 通訳として協力していたイラク人が目の前でイラク兵からの銃撃で撃

【感想】フリーダム/ジョナサン・フランゼン 森慎一郎・訳  早川書房

ジョナサン・フランゼンの『フリーダム』は現代アメリカにおける❝意識高い系❞中流家庭を追体験できる素晴らしい小説だった。 上から目線の大きなお世話感とリベラルの偽善。 そんなリベラルの両親を持つ息子のジョーイは共和党を支持するが、その理由が 「共和党のどこがいいって、連中はリベラルな民主党のやつらと違って庶民を見下していない」 理屈ではない感情的な政党支持の理由に、アメリカの“庶民”がトランプ大統領を選択したのも宜なるかなと思わずにいられない。 メガノベルといわれる長編だ

【感想】黄金州の殺人鬼 凶悪犯を追いつめた執念の捜査録/ミシェル・マクナマラ 村井理子=訳 亜紀書房

さて、読み始めた当初、僕はこんな感じで興奮していた。  少なくとも12人を殺害、50人を暴行、100件以上の強盗をはたらいた一人の男。カリフォルニア州の10郡で犯行が起きたことから、同州の別名に因み「ゴールデン・ステート・キラー(黄金州の殺人鬼)」と著者が命名した。そして、最後の事件から30年以上が経った2018年4月24日、72歳の元警察官が同州サクラメント近郊で、容疑者として逮捕されたー (本書カバー折り返し文より)  長らく未解決であった事件の犯人を捜査権のない