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「老いとお祝いと美味しいケーキ」2023年5月1日の日記

実は今日、私の誕生日なのです。

友人がいなさすぎて日本赤十字社と任天堂にしか誕生日を祝われなかった。


.....というのは流石に嘘です。明日友人2人が誕生日を祝ってくれるそうで、軽くご飯にでも行くことになった。

この冗談をInstagramのストーリーでやろうと思ったのだが、それを冗談だと思われない程度には友達がいないのでやめておいた。


今日は久しぶりにゼミがあったので、大学に行ってきた。

ゼミでは、川上未映子「刺繍糸」を読んだ。短い掌編の中に良さがめちゃくちゃ詰まっていて好きな作品だった。
コロナ禍における夫婦を描いている作品で、DV被害者による「見えない痛み」が描かれている作品だ。
この小説はまず、「叩かれていないのに痛い。」という一文から始まる。主人公である雅子は、夫に直接的に暴力を振るわれた経験は無いが、文句を言われたり、罵倒されたりと酷い扱いを受けている。また、コロナ禍によってパートを切られた雅子は家にも居場所を失う。「叩かれていないのに痛い。」とはそういう意味で、小説を通して読むと、この小説がいかにこの一文に集約しているかが分かる。

雅子はごく普通の人間で、普通に一生懸命働いていたにも関わらず、その結果がこの生活である。そして、雅子はそれを「自分のせい」であると言う。「自分のせい」だと思うことによって自分を傷つけ、見えない痛みが蓄積していく。小説の冒頭と最後には共通して「むらさき色」が描かれるが、これは雅子が「内出血」している様子を描いたものではないかと考える。

終わり方も良かった。ハッピーエンドともバッドエンドとも取れる終わり方だ。どちらかというとバッドエンドだが、雅子が自殺するということはないだろう。
この小説の最後は、雅子が自分の指に落ちていた刺繍糸をキツく巻き付ける描写がある。そして、自分の指が内出血して紫色になっていくのを眺め、「刺繍糸では死ねないな」と自虐的に笑う場面で締めくくられている。
これは雅子が自分の内出血に気付いたということではないだろうか。自分の見えない痛みに自覚的になれれば、きっと解決策はいくらでもある。この今の生活が全て「自分のせい」ではないと気がつくことができれば、脱することはできるだろう。

私は雅子に比べると恵まれていると思う(だからといってハッピーハッピーなわけではないが)。しかし、そういった恵まれていることに関して私は特別な努力はしていないし、他の人よりも何かをしたということはない。そのことがなんとも後ろめたいなと思う。私よりも恵まれている人だって無数にいるはずだが、私が考えるのはいつだって私よりも恵まれていない人である。人が生まれながらにして平等ではないというのは早い段階で気がつく人も多いだろう。最初は恨んだり、妬んだりする人も、大人になるにつれてある程度諦めがつき、与えられたもので頑張るしかないと割り切っていく。しかし、私は今でもそのことをあまりにも理不尽なことであると思うし、普通の人のように割り切ることができずにいる。誰も存在したいなんて言っていないのに存在させられて、生まれながらにして不平等なんて、そんな酷いことがあってたまるか、と未だに思う。


ゼミの時間も終わり、大学の図書館に寄る。

市川沙央「ハンチバック」を読んだ。
にしても凄い小説だったな。
冒頭からかなり異質な小説で、面白かった。
やっぱり冒頭からパンチ力がある作品は、全体を通しても私の好みである率が高い。
紙の本の良さを語る健常者をバッサリと切り捨てる攻撃的な文章からは、普通に生きていて、思ったことを発言しているだけで、他のある人にとってそれは罪になりうるということを思い知らされたような感覚があった。でもよく考えればそれは当たり前のことでもある。
「紙の本は質感とか匂いを楽しめて良いよね〜」という言葉から怒りの感情を抱く人間も必ずいるのだ。傷つけている自覚を抱くことは困難だが、この小説を読んだ後は、その罪についていちいち自覚せざるを得なくなるだろう。
金原ひとみの選評がかなり良かった。


大学を出る頃にはもう昼を過ぎていたが、何も食べずに家に帰ることにした。


夜、広島に住む祖母から電話がかかってきた。誕生日おめでとうという電話だった。
祖母はもうずっと昔からパーキンソン病にかかっていて、そのせいか、数年前から何を言っているのかが聞き取りづらい状況だった。今日喋ってみると、この前喋った時よりも症状が大きく悪化していて、電話越しだと本当に何も聞き取れない状態だった。せめて会うことができれば、ある程度言っていることは分かるのに、声だけだと、本当に何を言っているのかを理解してあげることができない。
祖母は何かを言いたそうにしていたが、諦めたように、消え入りそうな声でおめでとうともう一度言った。私はその言葉だけを聞き取ることができて、ありがとうともう一度言った。自然と涙が溢れてきていて、自分でも驚いた。この感情は初めてかもしれない。

老いに対して人はとことん無力だ。人がいつか死んで消えてしまうということは、当たり前のように受け入れられているが、改めて考えるとこんなに残酷なことはない。この残酷なシステムを作り出した神がいるならば、私は文句を言いたい。

姉が買ってきてくれたケーキを食べる。

私はこのいちご大福みたいなケーキを選んだのだが、これがなかなか面白い味だった。
大福の皮でケーキを包んだような感じで、中にはいちごクリームとカスタードが入っていて、下にはサクサクのパイ生地が敷かれている。パイ生地のサクサクとした食感と大福のモチモチした食感は良さを打ち消し合うかと思ったのだが、うまくマッチしていて美味しかった。

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