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「わかりやすさ」と「わかりにくさ」の真ん中で

社会に向き合うと「わかりやすさ」と「共感」だけでは何も変えられないことに気づき始める。その先にある”少し難しいけれど、噛み砕いて伝える方法”を模索するが、結局は経済性の中にある”わかりやすい指標”に多くの人は飛びつく。なぜなら、結果がお金と立場を守るから。ここの壁は途方もなく分厚い。

しがない小さなメディアの編集長として、社会になぜか求められる立場として、いろんなものを犠牲にしながら走り続けてきたけど、社会情勢の強く早く脆く変化し続ける世界の中で自分の努力なんてちっぽけなもんだなと感じてる。苛立ちや焦燥感よりも、抗えない時代のうねりは人々の感情を揺らし続ける。

その環境下で自分がどう在りたいかは再定義しないといけない。そして、あえて表現手段は何でもいいと言いたい。ただ、目先の不安を満たす選択肢が持続的な価値を生むかどうか。ここは立ち止まって考えようと思う。目先と文化は真逆で、長い時間軸で物事を考えられる環境がきっとあらゆる人に必要だ。

そもそも今叫ばれてる人材不足も長い時間軸で物事を考えられなくなって、即戦力ばかりを刈り取り、教育を疎かにした部分もあると思う。足りなくなった要素は「穴埋め」で人非道的なことも横行してるし、ポジティブにテクノロジーやビジネスで解決しようとしてる人たちもいる。後者の人に会う機会が多いからこそ思うけど、悲観と楽観の真ん中でどれだけアクションできるか。ここに尽きる。

1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!