562 83歳の日々
(37)予習復習の楽しさよ
名演9月例会[泰山木の木の下で]を鑑賞した。
上演時間の2時間半は、ちときつかったが、思わず寝入ってしまったのは、ほんの少しの時間だったと思う。酷暑の中、ヘトヘトで会場にたどり着いた老体なんだから、後は真面目に舞台に惹きつけられていたことで許してもらわなければ。
言わずとしれた民藝の嘗てのロングラン演目。今年は主演女優が日色ともゑとなり、あまりにも有名な北林谷栄とは違う、はな婆さんを演じたのだった。
自分の産んだ子どものうち、3人が戦死、6人の子は原爆で亡くす。
殺されるために産んだような悲しい体験を持つ彼女が、人助けのつもりでやった堕胎を罪に問われる。そこへ
自らも苦悩を抱えた刑事が絡んで、物語は深刻です。
舞台の小道具ほかシンプルで、登場人物も複雑ではなく、主題の重さを十分に味わえるものに収まっていた。
背景にざわつきのない分、しっかり話の進行に向き合うことができ、良い舞台だったと思った。
隣り合わせた87歳の男性は、始まる前のほんの短い間お話したのだが、
いつもは補聴器使用だが、初体験でイヤホンを借りたと仰る。今日の席は、後ろから3番目、開演5分前に、客席中央から、歌を歌う男が、寂しげなポルトガルギターとマンドリンを弾くマリオネットという演奏者二人とともに、歩み出た。観客の注目を浴びながらの簡単な解説や注意事項の伝達。やがて三人が舞台に上がり、本番の演技が始まる。
ところがお隣さん、残念ながら音が割れて全く駄目ですと、早々に席を立ち帰ってしまわれた。お気の毒に、目の見えない私も、十分には楽しみにくいのだが、気はあっても聞こえないでは仕方ない。
お気をつけてお帰りくださいねと背中に声かけた。
演ずるもの、観客も、濃密な一体感で満たされた、重厚なテーマ。原爆と命という重い物語にのめり込んだ時間。終わっても
静寂とため息と!しばらく席を立てない多くの観客。
例会のあとの交流会の案内があったので、私も参加した。帰りを急ぐ人や、大声で感想述べながら帰る人、
その中で、演出者と出演者3人の席、向かい合って並べられた椅子席は30余、ぐるりと周りに立っていた人も合わせると50人以上は居たと思う。
時間を惜しみ、出演者の簡単な自己紹介のあと早速の話し合い。
たくさんの手が上がる。今日の出来の良さをたたえ、演者を労い、そして、60年も前の初演を見て目覚めた思い出や、かつてのチラシを持参した人、役者の好みや時代の流れについてなど、演劇周辺の懐かしい話題は途切れない。
奈良岡朋子の姪である演出の丹野郁弓さんのトークと進行の上手さは、惚れ惚れとした。
歴史を持つ演目だけに、懐かしさも溢れ、今までずっと愛され続けた舞台へのフアンの思いと、今後も引き続き演劇の隆盛を願う人々の熱い心、交錯して心地よい空間、時間があり、居合わせたみんなで満ち足りた。
やはり、全てに予習復習は意味がある。この舞台の前にも様々に準備しながら期待感を高め、作品についての事前勉強は有効であったろう。終わってからの感想を出し合い、今後につなげる作業には大事な意味がある。
毎度そういう場に居合わせることは難しいが、今後もなるべく、顔を出して流れの勢いを感じたいものである。