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なぜ彼女は赤色の絵の具を使う僕を否定するのか。短編小説『カラス空』

※有料記事ですが最後まで読めます。


 どす黒い、と彼女は言った。
 僕は赤い絵の具を使って絵を描いている。
 筆に浸した赤色が、僕にはとても眩しく見える。
 でも、彼女は僕の色選びがまちがっていると言いたいようだ。

「だって、アナタの体から流れてる血はもう赤くないわ。時間が経ちすぎてる」

「わかってる。ただ、血の色ぐらい活き活きとした赤で表現させてよ」

「それに何か意味があるの?」

「抵抗、かな」

「死んでから抵抗しても意味ないと思うけど」

「それも、わかってる」

 そうして、僕はまた赤色の絵の具をチューブからひねり出した。

       *

 中学でイジメられ始めた僕は、イジメがエスカレートした末に、ついさっきバッドで撲殺されてしまった。
 僕をバッドで殴った連中は、悲鳴をあげて逃げてしまった。
 悲鳴をあげたいのはこっちなんだけど。
 でも、気がついたら死んじゃってて、声をあげる暇もなかったなぁ。
 体育館の裏で、僕の死体は「眠いから横になった」とでもいわんばかりに地面に倒れている。
 昼寝に見えなくもない。

 頭から血を流していなければ、ね。

 今のところ誰も通りかかっていないから発見されていない。
 時間は、何時だろ。
 最後に時計を見たのが三時半で、今はカラスの羽のような色の空が居座っている。
 木々が枝葉を揺らしているから風が吹いているようだ。
 霊体となった僕は風を感じ取ることができないけど。
 風が体を吹きぬけていく。

 死んだ人間がどうなるのか。
 それは、今の僕のように霊体となる。
 そして、やりたいことを一つだけやらせてもらえるというのだ。
 彼女の存在は、

「わたしのことは天使だと思ってくれていいわ」

 だってさ。
 背中まで届く長い黒髪は艶やかで、表情は凍てついている。
 どう暖かく表現しても天使には無理がある。
 死んだ直後に僕のすぐ近くにいて、それはもう驚かされた。

「やりたいことを、ひとつだけかなえてあげる」

 唐突に現れた彼女に唐突にそう言われ、

「じゃあ絵を描かせて」

 と、僕は倒れている僕を指差したのだ。
 気がついたときには僕は絵を描いていた。

       *

「絵を描くのがすきなの?」

「まあね」

「自分の死体がモデルでも?」

「うん、本当は美術部に入りたかったんだよ」

 結局、部活に入るどころじゃなくなったけど。
 いまだにどうしてイジメられたのかは分からない。
 そういう巡り合わせだったとしか言いようがない。

「アナタをイジメた人たちを殺す、という選択もあったと思うけど」

「もし彼らを殺したら、あの世だか天国だかでまた出会っちゃうかもしれないだろ」

「それはあり得ないわ」

「どうして?」

「アナタはこれから何も描かれていないカンバスになるわ。けれど、アナタをイジメた人たちはすでにもう」

「もう?」 

 どす黒い、と彼女は言って、カラスのような空を仰いだのだった。


※あとがき
『どす黒い、と彼女は言った。』というお題を元にして書いた即興小説を、加筆修正した作品です。
お題というよりはどちらかというと書き出し.meを使って小説書いてる気分でしたね。
新鮮な気分で書けました。

※以降に文章はありません。「投げ銭」での応援を歓迎します。

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