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『交尾』梶井基次郎 「日常が文学となる」と、崇高に

このnoteは、まだ本を読んでいない人に対して、その本の内容をカッコよく語る設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『交尾』梶井基次郎

【梶井基次郎を語る上でのポイント】

①短命に言及する

②気楽さを褒める

①に関しては、梶井基次郎は肺結核により31歳で亡くなりました。闘病しながら書いた作品には彼の死生観が表現されていてとても読み応えがあります。

②に関しては、梶井基次郎の作品は比較的短い小説が多く、読書が苦手な方でも読みやすく人に薦めやすいです。

○以下会話

■あまり知られていない名作

「日常を描いた小説か。そうだな、そしたら梶井基次郎の『交尾』がオススメかな。『交尾』は二部構成の小説で、一部では猫、二部ではカエルの交尾を題材にしてて、梶井の観察眼と描写力が伝わる名作なんだよ。僕は特に一部が好きなんだ。

交尾を観察するといっても、生物学的に生々しく描いているわけではなくて、夜ベランダに出たら偶然猫が交尾してるのを見つけて、それを密かに眺める感じで、そのコッソリ、ひっそりとした雰囲気が楽しいんだよね。

『交尾』の主人公の「私」は、肺病を患って貧しい街に暮らしている、おそらく梶井基次郎本人なんだ。私は夜中、熱で火照った体を冷ますために、物干し場に出たんだよ。そこからは、ぎっしり並んだ物干し付きの古ぼけた家と、細い路地が見渡せるんだ。そこでぼーっとしてたら隣の家から咳き込む声が聞こえて、「ああ、魚屋の旦那の咳だ」って、病気している自分の咳もこんな風に聞こえるのかなって思うんだよね。

ふと路地に目をやると、二匹の白い猫が寝転んで抱き合っているのを発見するんだよ。二匹はお互い甘噛みして突っ張り合いをしていて、私はそれに人間の営みのような艶かしい感覚を受け取るんだよ。

すると向こうの方から夜警、いわゆる「火の用心カンカン」の男が歩いてきたんだ。いつもなら私は夜警がきたら、夜中に何か悪さしていると思われるのをおそれて、家の中に引っ込むんだよ。でも今回は、夜警が猫をどうするのか見たくて、そのままこっそり眺めるんだよ。そして夜警と猫が対峙するシーンに入るんだ。

彼はやっともうあと二間ほどのところではじめてそれに気がついたらしく、立ち留った。眺めているらしい。<中略>ところが猫はどうしたのかちっとも動かない。まだ夜警に気がつかないのだろうか。あるいはそうかも知れない。それとも多寡を括ってそのままにしているのだろうか。<中略>夜警は猫が動かないと見るとまた二足三足近づいた。するとおかしいことにはニつの首がくるりと振り向いた。しかし彼らはまだ抱き合っている。<中略>すると夜警は彼の持っている杖をトンと猫の間近で突いて見せた。と、たちまち描は二条の放射線となって露路の奥の方へ逃げてしまった。夜警はそれを見送ると、いつものようにつまらなそうに再び杖を鳴らしながら露路を立ち去ってしまった。物干しの上の私には気づかないで。

これでお話しは終わり。

最後の描写が見事だと思わない?夜警がしばらくじっと猫を見つめて、わざとドンッて杖を動かして猫をビックリさせて、結局逃げられてなんかガッカリする感じ、めちゃくちゃ分かる。猫の方も最初は気づかぬふりをして、近づくとクルって顔を向けて、ビタっと止まって、さらに動くとブワッと一目散に逃げる感じ、とても分かる。私が夜警と猫に気づかれないように、影に隠れてひっそりと、人間の行動を観察する楽しさ、もの凄い分かる。三者三様の行動全て僕も体験したことあるような気がしてしまう。すごい面白い。

■ずばぬけた観察眼と描写力

やっぱり梶井基次郎は、観察眼と描写力が抜群なんだよ。日常から題材をとってそれを美しく詩的に描くのがすごい上手いんだよね。この『交尾』も、起きていることは何の変哲も無い出来事なんだよ。ただベランダに出て、隣の旦那の咳を聞いて、猫を見つけて、そこに夜警が来ただけ。もし僕が同じ状況にあったとしても、こんな文学作品に変身させることはできないよ。

例えば、この小説の冒頭で私が夜空にコウモリを見つける描写があるんだ。僕だったら、「上を見ると真っ黒な夜空に、それまた真っ黒なコウモリが翼を動かしている」みたいな感じで書くところを、梶井基次郎は

星空を見上げると、音もしないで何匹も蝙蝠(こうもり)が飛んでいる。その姿は見えないが、瞬間瞬間光を消す星の工合から、気味の悪い畜類の飛んでいるのが感じられるのである。

って表現しているんだ。コウモリを直接描くのではなく、星の光が消えることでコウモリの存在を感じさせてる。見事。他にも、白い猫が夜道を堂々と歩く様を、

彼らはブールヴァールを歩く貴婦人のように悠々と歩く。

ブールヴァールは、シャンゼリゼ通りみたいな広い並木道のことなんだけど、猫が何のおそれもなく我が物顔で歩いている感じが伝わるよね。

もし梶井基次郎が、渋谷スクランブル交差点の目の前のスタバに1時間も座っていたら、後ろを通ったカップルの会話と、隣に座ったサラリーマンの電話と、下に見える渋谷を行き交う男女を見て、10本くらい小説書けるんじゃないかな。

■『檸檬』以外も、ものすごく面白い

梶井基次郎といえば『檸檬』が一番有名で、僕も大好きなんだけど、『桜の樹の下には』とか『愛撫』とか、他にももの凄いクオリティの高い作品があるから是非読んで欲しい。残念なことに梶井基次郎は短命だったから、作品があまり多く残されていないんだよね。本当に残念。でも彼が病気に苦しんだからこそ、描けた作品も多くあるから、その残された作品を大切に読んでいきたいなって思うよね。」

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