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透ける粘土を求めて

僕が3年ほどの期間で試した『透光粘土』についてご紹介。

1.磁器との違い

 そもそも透ける焼き物として磁器があります。僕は透光粘土を作るにあたって、磁器との差別化のために二つの条件を課しました。

条件1:基本成分の大部分が粘土(土物)である
条件2:厚さ5mm以上でも透光性がある

これらの特性を持つ透光粘土は象嵌や練り込み技法による製品化が容易であり、複雑な形のオブジェ等にも応用できると考えています。

2.土が透ける仕組み

 まず、なぜ磁器は透けるのでしょうか。磁器は一般の陶器より高温の1300℃近くで焼成されます。そのため、磁土中の長石分が融解し、珪石分やアルカリと反応しながらガラス化したものが粘土分の隙間を埋める(=焼きしまる)ことで、光が透過しやすくなります。つまり、磁土の密度の高さと透光性は不可分な性質と言えます。磁土は数㎜の薄さでなければ光を透過しませんが、これはこの高密度ゆえに、厚くすれば光が内部で消耗しきってしまうことが原因であると言えます。
 ここに透光粘土の1つ目の課題があります。厚さ5㎜以上の透光性を得るためには、低密度なままにガラス質を形成させる必要があると考えました(図1)。

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過度な焼締まりを抑えるためには、荒い粘土を主成分とした土を1100~1250℃程度で焼成するのが良いと考えました。さらに、この温度帯でも十分にガラス化を進めるために長石分の融解を補助するアルカリ分を添加しました。初めに行ったのが以下の配合でのテストです。

仁清土(泉陶料 乾燥状態)
外割 長石  30dw%
   石灰石 10dw%
   炭酸バリウム 10dw%

結果、透光性が得られたが、その厚さは3㎜程度でした。また、高温下では土の釉化が進んで強度が失われるらしく、表現可能な形状が重力の制約を強く受けるという欠点がありました。

3.透光性と耐火度のトレードオフ

 最初の実験では、紹介した配合の他に、アルカリ分(バリウムとカルシウム)を増減させたものもテストしています。それらの結果から、透光粘土の透光性と耐火度にはトレードオフの関係があることが判りました(※ここでは、本焼き時の溶けにくさや歪みにくさを耐火度と表現しています。)。それは図2のような反比例の関係で表すことが出来ます。アルカリ分を増減させることで、粘土の特性は一本の曲線上を移動します。当初の実験ではアルカリ分のみを変数とし、それ以外の条件を固定していましたが、変数を増やせば複数の曲線が存在することになります。耐火度と透光性を両立した素材を得るためには、グラフ上でより右上の曲線を目指す必要があります。

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 そこで、より詳細なモデル式を作る必要があると考えました。それに必要な式は以下の3つです。

(イ)化学組成とガラス質割合の関係式
(ロ)ガラス質割合と透光性の関係式
(ハ)ガラス質割合と耐火度の関係式
※ガラス質割合:粘土あたりに含まれるガラス質の量

(イ) 化学組成とガラス質割合の関係式
   ガラス質割合A(g/g)は土全重量に占めるガラス質重量の割合を表します。ガラス質割合Aはガラスの材料となるシリカ量と、ガラス化を促進するアルミナとアルカリの量によって規定されていると考えられます。化学反応ではモル単位が重要となってくるので、シリカ、アルミナ、アルカリの量はゼーゲル式のモル比をもとに定義します。ゼーゲル式は式3のように表されます。

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ガラス質割合は、全シリカに占めるガラス化したシリカのモル分率(ガラス化率)H(%)、ゼーゲル式の式量M(g/mol)、シリカ(SiO2)の分子量60.08(g/mol)によって以下のように表記できます。

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さらに、ガラス化率Hはシリカに対するアルカリとアルミナの存在量を変数とした何らかの式で規定されるはずなので、(1)式は(2)式として表されます。

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ただし、H=f(X,Y) において、X,Yが増加すればHも増加するものとします。f()が1/yとx/yに関する一次式であれば、Aはx,yに対して直線的に変化します(図4)。二次以上の式であれば、Aはx,yに対して何かしらの曲面上を変化することになります(図5)。実際には、アルミナやアルカリに対してシリカ分が多い(=yが大きい)ほど透過性が下がる傾向にあるので、f()の定数項が負であるか、二次以上である可能性が高いと考えています。また、アルカリとアルミナ、あるいはアルカリの種類によってガラス化の促進能は異なるはずなので、アルカリ、アルミナにつく係数は異なります。つまり、ゼーゲル式にどの物質を選ぶかによってAが移動できる曲面が異なるわけです。

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(ロ) ガラス質割合と透光性の関係式
 透光性は光を透過できるガラス質が全体に占める体積割合によって規定されていると考えられます。ガラス質の体積割合V(㎤/㎤)はガラス質割合A(g/g)、ガラス質の密度ρ1(g/㎤)、土全体の密度ρ2(g/㎤)によって、以下のように表すことが出来ます。

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ここで、土を層状構造として捉えることにします。光が入射する順に1層目、2層目…と呼称します。また、光はガラス質を通り抜けることが出来ますが、非ガラス質に当たると消失すると仮定します。光が1層目を通り抜ける確率P1はV、2層目まで通り抜ける確率P2はV^2であり、n層目まで通り抜ける確率PnはV^nと考えることが出来ます(図6)。

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また、光はガラスを透過すれば減衰します。一層のガラスを通過すると1/kに減衰するとします。これと(4)式を合わせると、n層目を透過したときの光の強さℓnは、1層目に入射する強さをℓ0すれば(5)式として表されます。

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ℓnが視認できる光量ℓ以上であれば透光していることになります((6)式)。つまりℓnとℓが釣り合う土の厚みが透光できる最大距離と言えます。この釣り合っている状態は(7)式で表されます。透光できる最大距離L(cm)の間に存在する層の数をn、層の厚みをm(cm)とすれば、L=mnと表すことが出来るので、(7)式に代入すると(8)式が得られます。

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(8)式を整理すると(9)式になります。さらに底の変換公式から(10)式が得られます。光源、テストピースの厚み、土の主成分の粒度を大幅に変更しなければ、m、ℓ、ℓ0、kは定数とみなせるので、(10)式を整理し、定数をp、qにまとめると(11)式が得られます。

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(11)式は図7のように表せます。ガラス質の体積が増大すると、透光性は0付近で急激に増大し、しばらく単調に増加した後、再び急激に増大することがわかります。

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(ハ) ガラス質割合と耐火度の関係式
 一般にシリカが少なく、アルカリが多いと耐火度は低くなる(例えば、シリカ分が極端に少ない笠間の粘土は耐火度がSK15程度しかない)。つまり、全シリカに占めるガラス化したシリカのモル分率H(%)が高いほど耐火度Rが低いと言えます。そこで、単純な減少関数を仮定し、H=f(1/y,x/y)を代入すると(12)式が得られます。

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(2)(3)(11)式よりゼーゲル式と透光性の関係は図8abのようになります。また、(12)式よりゼーゲル式と耐火度の関係は図9abのようになります。

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透光性はシリカに対するアルカリとアルミナの量(1/y,x/y)に対して正の変化をします。特にH=f(1/y, x/y)が1/y, x/yに関する二次式である場合、急激な変化が予測されました。また、耐火性はシリカ分に応じて高まることが予測されました。つまり、全体に占めるシリカ分の割合が鍵で、その割合が多ければ耐火度は増しますが、透光性は下がるというわけです。
 より高い強度と透光性を両立させるためには、図8の曲面をよりLy面に、図9の曲面をRx面に近づける(より少ないシリカ量で耐火度を達成するorより多いシリカ量で透光性を達成する)必要があります。様々な条件下の実験でこの二つのモデル式の係数と定数項を決定することで、強度と透光性を両立できるゼーゲル式を模索することが出来ます。

3.実際の調合実験

 以上のことを踏まえて、シリカとアルカリの比率を変える実験を行いました。用いたゼーゲル式は以下の通りです。

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X=0.1~0.4、Y=4.0~5.0の範囲で総当たりのマトリックスデータにしました。全体量を100gとしたときの調合は以下の通りです。

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 結果、アルカリ分(X)が多いほど透光性は良好になりました。X=0.4の組み合わせに限っては、シリカ分(Y)が多いほど透光性が増しました。これはアルカリ過多な配合ではアルカリ分が余っているため、増えたシリカ分の大部分がガラス化されるからだと考えられます。
 京都大学11月祭 2018年度展に出展したオブジェには最も透光性の高い(X, Y)=(0.4, 5.0)の配合を用いました。しかし、複数個作って歪まないものはごく一部であったため、実用に十分な耐火度があるとは言えません。一般に、ノルム計算で粘土分が40%以上であれば耐火度が保証されると言われます。オブジェに用いた配合は蛙目粘土が31%程度なので、かなり耐火度が低いと考えられます。

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4.今後の改善点

 第一にゼーゲル式の改良です。よりアルカリが少なくシリカの多いゼーゲル式を目指し、粘土分40%以上の調合を達成したいです。
 第二に融解剤の改良です。これまで融解剤をカルシウム、バリウム、アルミナのみに絞ってきましたが、ガラス分野では他にも特性の異なるものが存在します。例えば、ホウ素などにも視野を広げ、熱膨張係数や化学耐久性に変化を与えずに軟化温度を下げる材料を見つける必要があります。
 第三に鋳造できる透光泥漿への応用です。透光性は土の厚みに大きく依存するので、均一な厚みで作陶することが重要です。そのため、泥漿への応用を試みたいと考えています。
 第四にモデル式の完成です。これを完成させるためにはより精密な定量が必要なので、専門の機材が必要です。

5.あとがき

 私は釉薬の特性を予測するゼーゲル式を拡大解釈し、土材料にも適用することができるのではないかと考えました。その操作実験の一環として、土でありながら光を透過する透光粘土の製作に取り組んできました。ここでは、透光粘土のメカニズムを理解することと、応用を見据えた考察へ繋げていくことを目指します。
 陶芸材料の物質的な最小単位は非常に小さく、原子レベルまでの現象が作品の出来を左右します。その根本は無機化学と物理学に支配されているため、新規性のある材料の開発には基礎学問的な素養が必要です。つまるところ、「A焼はBのような風合いがあって、C焼はD地方の名産で、Eという窯ではFが焼けるんだな、ふーん」と表面の点的な知識で納得していても、それらの点と点の根源を結びつけてひとつの流れとして捉えることをしなければ、発展性のある体系は得られないのではないでしょうか。幸いなことに、我が国において窯業分野は手工芸から大規模な工業まで広い裾野を持つため、陶芸材料の基礎科学に関する著書は少なくありません。特に「実践陶磁器の科学‐焼き物の未来のために」(高嶋 広夫 1996)や「陶芸のための科学‐土と火の創造」(素木 洋一 1973)などは細分化してしまった陶芸分野を一本のスペクトラムとして捉え、数ある陶芸材料の性質を巨視的に捉える手助けになる名著です。
 偉ぶったことを申し上げましたが、私もまだ材料のスペクトラムを捉えるには至っておりません。ひとまずここに透光粘土に関して今までの実験から得られた知見をまとめることが、自他の発展の助けになればと思います




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