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真夜中の原生林を歩く。

 「真夜中の原生林を歩く」

 晴れた夜空に沢山の星が輝いていた。今夜は、写真を撮りに行こうと思った。

 前々から撮りたい場所があった。

 とても景観が良い所なのだが、車を置ける場所から、2kmほど、原生林を抜けていかなければならない。

 昼間、歩く分には、どうってことないが、暗い時には、やはり緊張する。

 気温は-10℃。この時期の知床にしては冷え混んでいる。

 防寒を着込み、カメラと三脚を担ぎ、スノシューを履き、ヘッドライトライトをつけ、歩き始めた。





 暗闇と無音の森。

 雪を軋ませる自分の足音と、呼吸音だけが、耳に響いてくる。

 僕は、一匹の動物となり、言語の外の感覚で世界を理解する。

 五感を研ぎ澄ませ、偉大な何かに畏怖を抱きながら、奥へ奥へと進んで行く。

 遠くでフクロウが鳴きはじめた。そろそろつがいをつくる季節なのだろうか。その営みは、僕が生まれてくる遥か昔から繰り返されてきたに違いない。

 例え、数百年前に同じところを歩いていたとしても、ほとんど変わらない世界があっただろう。

 流れる時間には、「前」も「後ろ」もない。

 すべては、少しずつ形を変えながら、円環してゆく。

「諸行無常」「万物流転」

 とどまることない世界に、僕らは、生きている。

なぜ、生まれてきたのだろか。

なぜ、生きているのか。

なぜ、死ぬのか。

この世界とは、なんなのだろうか。







 歩みを止め、ふと、空を見上げる。

 森の木々の奥に、降るような星空が広がっているのがわかった。

 僕は、ひとり、この宇宙に佇む。

 遥か彼方で煌めく星たちに誘われて、僕の身体は浮かび上がり、どんどんと吸い込まれていくような気分になる。


 この景色は、現実なのだろうか。

 僕らは、普段、こんなにも神秘的な世界の中に生きていたのか。。。







何かの気配を感じた。

心臓が高鳴る。

一気に現実に引き戻される。

あれこれ想いを巡らせるのを止め、その一点に集中する。

ヘッドライトに照らされ、2つの光が揺れている。

エゾシカだ。

 夜の森でみる彼らは、どうしてこんなにも神々しいのだろう。

ヒグマでなかったことに、安堵し、また歩き始める。





 暫く進んだところで、開けたところに出た。目的の場所だ。人々から象鼻と呼ばれている。海からみると、象に似た形の岩が岩があるらしい。

 そこは、知床でも、有数の眺望を誇る場所だ。

 羅臼岳から始まる知床連山と、岬まで続く断崖が一望できる。

 数百万年前に隆起と噴火によりできた陸地。

 毎年、1000kmもの旅をしてやって来る流氷によって削られた崖は、壮大な景観をつくり出している。

空には、無限とも思える世界が広がり、

森の中からは、生命の微かな気配がする。

 僕は、三脚を据えて、シャッターを切り始めた。




 15分にもなる長い露光時間に、僕は色々な事を思い出していた。

懐かしい人だったり、

懐かしい出来事だったり、

昔読んだ本だったり。

本当に色々なことがあった。

 なぜ、僕は知床に来たのだろう。

今となっては、よくわからない。

ただ、なんとなく、北の自然に憧れていた。

 そして今は、なんとなく、もう少し北の自然に憧れている。

 これから、どんな人生が待っているだろうか。

どんな人と出会うだろうか。

どんな神秘に出会えるだろうか。




 学校の教室に入ることすら怖かった、10年前の自分に教えてあげたい。

「世界は、こんなにも広くて、美しくて、面白いぞ」って。

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