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抱えている恨みの備忘録 1

私は自分で選んで自分でかたづくった「家族」=(夫、2人の子ども)以外の人間関係を、新しくしたいと強く思っている。

物理的な事実として、すでに実家族・親族・友人関係との距離は以前とくらべるとだいぶ離れている。そして、4、5年かけてやっと、やーっと、精神的にも離れつつあると思う今日この頃。

もうね、君らのことは、優先なんかしてやんねーよ。

私は、私が心の底から大切に思うことができて、丁寧に誠実に付き合える新しい仲間に出会いたい。その存在を優先したい。

だから、だからこそなのだ。今なら書ける気がする。無駄にもったいぶることなく。

他人から見れば「よくあること」だとしても、私からすると世界がひっくり返った事件だったから。だから、本当は、上手く書き上げたかった。「作品」と呼べるまで昇華させたかった。

でもね‥首までどっぷり恨みつらみに浸るようなことはしたくない。いや、いつかはひたひたに浸りきって書いてみたい気もするけど、子どもが小さいうちは私には無理だ。悪影響が大きすぎる。あきらめよう。人間にまつわる闇に関する記述は、プロの作家さんにおまかせしよう。

だけど、だけどもあいつらのことは絶対に許せないし許してはいけないと思っている。多分これは生存本能だ。まだ完全に縁が切れた訳じゃないから、多分これは仕方がないことなのだ。

嫌々ながらも相手に接しているうちに、これまでのようにうっかり信用なんてしまったらまずいもんな。なにせ相手は人間ではない、妖怪だ。あやかしだ。今までのように同情させられて、人間扱いしちゃったらダメだからな。

毎日毎日ふとした瞬間に、抱えている恨みがよぎる。だんだん時間は短くなってきていると思うけど、毎日よぎる。お風呂に入っているとき、皿洗いをしているとき、洗濯物を干しているとき。もったいないよ、わたしの人生。罪の意識から逃れるためだけに、自分のこどもにずーっと悪役を押しつけてきた根性腐りびとのことを考える時間なんてさ、1分でもさ。毎日1分だとすると(実際は絶対にもっと長いけど)一年365日だとすると365分=約6時間。うん、実にもったいない。本当はこんな時間ないほうがいいに決まっている。けれど、どうしても時間を取られてしまう、よぎってしまう。それなら、もう、労力をつかって文字として残してしまおう。それで、今筆をとっている。

‥と、昨日はここまでを書いた。これまで通り、具体的な記述をしようとすると筆がまったく進まない、つらい。

でも、この場を借りて、私はどうしてもこの重荷を置き去りにしたい。そうすれば、インターネットの世界だけだけれど半永久的に残すことができる。あいつらが私にやってきた所業が、狡猾な悪意が。

それが出来れば、この重苦しい恨みってやつを、全部ではないけれど大方は手放せるような気がするから。

もし、もしも私が自分らしく生きるために幼い頃からの恨みを完全に忘れられたとしても、大丈夫、大丈夫だ。ちゃんとここに残るから。

だから、断定的に言ってしまえば、この記事は他者に読んでもらうために書いているんじゃない。私が私の恨みを手放すために書いている。(手放せるかどうかはやってみないと分からないけれど。)

それでも、他者の反応が気になってチェックしてしまう私だけど、今回は投稿後一週間はチェックするのをやめよう。まれにコメントとか嬉しい反応をもらえても、ちょっと時間を置いてみよう。これは、書き捨てるものなのだから。

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簡単にざっくり言うと、だ。

私の元家族は実父、実母、子ども二人の四人家族。私は典型的な長女で、両親は私を搾取子、妹を愛玩子として育てた。

母親は私の物心ついた頃から不治の病で、不治の病だけれどずっと入院暮らしということもなく自宅で暮らせる生活のほうが長かったのだが、数年前に他界した。倒れたあと一年ほど、俗にいう植物人間という状態で、当時の経験は私にとって大きすぎる喪失体験であり、人生の転機でもあった。その時私はすでに結婚しており、第一子はまだ1歳だった。

父親はもうすぐ70代、今なお健在。母亡き後、さまざまな事柄から、この父親への見方がはっきりと変わった。

いや、変わったというよりも、今までモヤモヤしながらも信じていた、

「それでも父さんは悪気があってやっているわけじゃないから」

という名のメガネを外してみて、

「私に対して確かな悪意をもってその行動をしている」

というメガネをかけてみると、霧は晴れ、これまでの点と点がすべてつながって一本の線となった。「合点がいく」とは上手く言ったものだと思う。そしてその線の存在に、多分、私は幼いころからうすうす気付いていたのだと思う。この醜い姿をした線に。でも、その線に気付いてしまったら心が破壊されるから、必死で見ないようにして幼い自分を守っていたんじゃないかと思う。

目が醒めてから思い起こしてみると、これまで三十数年間生きてきて、父親が「私のことを理解してくれて守ってくれる、信頼できる人物」だと感じることができた記憶がひとつもない。いつもいつも、人が楽しんでいれば不機嫌になり、私が弱って助けを求めたいときに限って、助けるどころか傷口に塩を塗りこむような対応ばかりされていた。「お前が優しくて良い子ではないから」という理由で。

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その父親への不信が決定的になった事件が二つある。

ひとつめは、まだ第二子誕生前で、私と夫と子どもの3人家族だった時、私と夫が大喧嘩をして私が子どもを連れて実家に帰ったときの対応。いきおいで家から飛び出したものの、子どもはまだとても幼く、実家の他に行く場所がなかった。結婚後、夫と喧嘩して実家に出戻ったのはこれが初めてだった。これまでも実家になんて頼れなかったし、頼ろうともしなかったけれど、この時はどうしようもなかった。

夜の9時頃、父親が夜勤で家を空けていればいいな、と思いながら実家に帰ると、残念なことに父親は在宅していた。父親にぽつぽつと理由を話すと、父親は迷惑そうに冷たく言い放った。

「とにかく早く家に帰りなさい。」

結婚なんてトラブルの連続だ。夫婦喧嘩で実家に戻るなんてよくある話だろう。しかし、私はこれまで両親に頼らずどうにか乗り切ってきた。本当はピンチの時に両親に頼れたならどんなに楽だっただろう。

これが初めての出戻りだった。今まで、旦那と派手にやり合った時も、自分一人で踏ん張って乗り越えた。でも、もう私は一人ではない。幼い我が子を抱えている。それでやむを得ずの出戻りだった。

結局、そう言われてからの一時間後、私は自宅に戻り旦那と話し合いという名の取っ組み合いをし和解にいたるのだが、この件で「どんな危機的状況でも二度と自分の父親は頼らない」と心に刻んだ。ちなみに、「夫婦喧嘩が勃発した際は一人でいるほう(子どもが小さいうちは旦那)が自宅から出て行く」というルールも話し合いの末締結された。

それでも、まだ、この父親という人は「絶望的に心が通じ合えないだけ」であり、「明確な悪意をもってわざとこちらを傷つけている」とまでは思いいたらなかった。

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ふ〜‥ダメだ、長くなるし時間かかるわコレ!汗

続きを近いうち書くぞ!オー!!





愚直なままに核心を突いてしまいたい。でも、人は自分以外のヒトに図星なんか突かれたくない。 つっこみどころ満載の人間関係で、心の折り合いをつけるために書いてみます。大人って面倒くさい。