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道具に徹する。機能を丸裸にする。

昨年のことですが、お風呂の床を掃除するためのブラシのデザインを担当しました。個人的に結構いいデザインプロセスだったと思い、また完成品も個人的に気に入っているため、そのことを少し書いてみようと思います。


対象となる商品は、スポンジ面を張り替えることができる掃除道具。環境への対応も考え、また衛生的にもこうした部分的な使い捨てが増えてきている中でのブラシの理想的な工業デザインを考えてみる。

まずしたこと。

すでに多くの商品が存在する中で、まず既存の商品を全て自ら使ってみた。多くのメーカーの創出した使い勝手やフォルムの工夫を感じ取り、また同時に1人のユーザーとしてそれらを緻密に評価した。良い点も悪い点も客観的に見れば可視化される。そしていくつかのポイントにデザインの肝を絞ることにした。


適切な骨格を形成する。

ここでいう骨格とは構成のこと。どこにハンドルがどういう角度で備わるのか。立てる行為や吊り下げる行為に着いての自然な動作からの導き。そうしたことから適切な骨格は導き出されてくる。

いくつかの候補があったが結果最終案に行きついたのは、より製品と人の関係性が自然であることを重要に考えたものだった。もうひとつ最後まで存在したチャレンジングな構成は、絵になった段階ではよかったがプロトタイプを続けるにあたり徐々に身体との関係性が悪くなっていった。絵ではよくても実使用では悪ければデザインとしては失敗だと思い、最終デザインに採用された骨格が淘汰した結果となった。目にも手にも心地よいのがデザインの高みであり、スタート地点なのかも知れない。

仮にデザインを類型学的に見ることができれば、これは左官職人が使うコテの骨格に極めて近い。誤解を無くすために追記すると、同じ構成のものは市場にすでに存在する。この構成にたどり着くまでの発案から検証、決定までのプロセスがとても大切だと思う。そしてポスト資本主義社会には「新しければよい」という考えから、「総合的に正しいからよい」という考え方へのシフトが始まっていると僕は考える。

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適切な肉体を与える。

構成が決まったら次はフォルム(骨格に対するボリュームや面形状)を考える。この時に自分でサンプルを使ってみたことからのフィードバックが活きてくる。風呂の床を掃除するとは、前屈みになり体重をしっかりかける(自然とかかる)。また前後に激しく擦ることで汚れを落とすという行為である。

近年は乾きやすい細かい凹凸のある床材も多く、汚れは付きにくいものの一度汚れるとその凹凸が邪魔して取れにくいことがある。ユーザーの悩みの中心はここにある。

またサンプル品をいくつか使うと、ハンドルの断面形状から握る手がとても痛くなり、大きな課題(テーマ)となった。前屈みで10分、15分掃除をする時に痛くないハンドルは必須条件だと考えた。

左官職人のコテには角の立った四角い断面のハンドルは基本的に無いだろうと思う。樹脂成形品はモールド量(樹脂の使用量)の重要性も存在するが、今回の商品企画はブラシ面を付け替えることができる物であり、ハンドルとヒトの付き合いは以前より長い物になる。だからこそハンドルには、肉盗み(成型上の問題をクリアするための技法。詳細は割愛)しつつ、これまでの身体的ストレスからの解放を実現する適切な断面が必要だと考えた。

正円の断面だと見た目のフォルムは良かったが、体重をかけた時に力が逃げることもわかった。また握る時に指が巻き込む方とそうで無い方には違う断面があるほうがいいことがわかり、親指のポジションも天面に収まることから天面には大きめのR面、巻き込む側には相対的に小さめのR面がある方が良いことが結論付けられた。

そこまでに20本以上の断面サンプルを3Dプリントで作成し、複数人で協議し現在の断面を決定し採用した。

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物の前後を考える。

商品には方向としての前後がある。その前後はどう決定されるのかですが今回の製品はすでにいくつかの近しいタイポロジーがあるため、ユーザーは前後を認知しているものと定義しており、より明確な前後をデザインに含めた。というのも、床を掃除するための道具ではあるが、主の機能の次に重要なことは掃除以外の時間にどのようになっているかであり、立てて置いたり吊り下げたりするためにその前後の認識がとても大切になる。

今回の製品はいわゆる後ろにあたる部分のハンドルが少し飛び出てデザインされていて、立てて置く際にきっちりと真っ直ぐ立つことの心地よさを提供した。またいわゆる前は90度の角を持ち、多くのお風呂で一番汚れが付きやすいであろう角(入り角)を掃除しやすくするデザインとした。四角い前方の構成でも掃除できなくないが、それは腕を無理な方向にしなければならず、角に対して人間も45度くらいの位置にいて初めて満足な掃除の体制を取ることができる。つまり、ユーザーの肉体と掃除するスペースの関係性からこのような結論になっている。

そしてハンドルの後方にはしなりを防止するための支柱があり、そこに意味深に穴が開いているがこの穴は吊り下げるための穴である。本来このハンドルの構造であればS字フックは掛けられるがバランス良くフックにひっかけるために穴をあけている。穴があると樹脂成型上は少し難易度が上がる(専門的なことなので詳細は割愛する)が同社の成型技術によりそれは克服されている。

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サイズ感のしあわせな決定。

学校の授業等でなかなか教えてもらえないのがサイズの決定について。絵に描いたデザインと実際に製品になるものには大きな壁がいくつもあるが、その一つとして私が重要に考えることはサイズの考え方。

この製品を使う人は男女を問わない。また素手で使う人もいればゴム手袋をはめて使う人もいる。そうした中で前述した通りハンドルの握り具合にこだわった開発となっているため、結論としては素手で持つと少し隙間の余裕がある設計になっている。また縦のサイズ(ハンドルの長さ)も同様に少し長くなっている。そうすることでより多くの人に使用していただけるようになっている。

サイズの決定に定義は存在しない。どういう人に対してどう使ってほしいかということが問いとしてあるだけで、そのユーザーが絞られている物であればその人に一番良い状態にする。多くの人に提供する場合には多くを兼ねるサイズ感を設定するのが正解だと思う。デザイナーの主観では決定できないことが教えることの難しさを表している。

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道具に徹する。機能を裸にする。

デザイナーが機能性の探求はそこそこに、フォルムから描こうとするとユーザーにとって肝心な機能性は隠れてしまう。実際にそうしたデザインは多く、時にはそれも一つの正解だったりする。ただし今回のようなプロセスからできあがった製品には、ご覧いただいたように極めて道具らしい佇まいがあり、モノに対して無感情になれるためその機能性や人が視覚以外から感じ取る良さがフォルムににじみ出る。

海外に行くと結構な頻度で立ち寄るのがホームセンター。特にヨーロッパのホームセンターにはこうした道具的丸裸なデザインがとてもたくさんあった。それらは機能がしゃべるかのごとく、余計なフォルムがなく自然と使い方がわかるものたちだった。日本の製品はどれも多機能で過保護なものが多い(深い)が、同時に表面は設えが多く、よりユーザー認知までの時間がかかるものが多い印象だが、ヨーロッパに行くとそうした感覚は減り、文化的により本質が表面的に問われるのかも知れない。

今回のデザインはそのような「突き詰めていくとこのようになっていく」という素直さを大切にした。一見した目新しさはないが、随所に理(ことわり)がありそれらが複合的に構築されることで、人とのいい関係性も構築されると思う。こうしたデザインワークをまた心がけたいと思う。

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床ハンディブラシ 538円(オンライン価格)

株式会社アイセン(和歌山県海南市/2021)


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