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【15】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇⑬

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第15回 お蚕さん番外篇⑬ 毛羽の生き方

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「お蚕さん篇」⑫では、養蚕農家の花井雅美さんが育て上げた繭を乾燥したり、冷凍したり、出荷に向けた取り組みをレポートしました。お蚕さん篇最終回となる今回は番外編として、他のプロジェクトメンバーのコメントや、出荷されずにお蚕ファームに残った繭や毛羽(けば)の行く末についてご紹介します。


■中島愛さんと吉田美保子さんは、どう思った?

2020年10月17日、美しく育った繭たちは、お蚕ファームを巣立ちました。本連載での上巻ともいえる「お蚕さん篇」は、今回で最終回となります。

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蚕種(さんしゅ)が孵化(ふか)し、1令~3令の稚蚕期(ちさんき)、4令~5令の壮蚕期(そうさんき)、そして上蔟(じょうぞく)、営繭(えいけん)、収繭、選繭、乾繭と、この連載を共に追ってきた、糸づくり担当の中島愛さん、染め織り担当の吉田美保子さんに感想を聞いてみました。

中島さん
わたしは、以前から少々養蚕についての知識があり、養蚕の現場にも何度か、お手伝いや見学に伺ったことがあります。その経験から、花井さんの養蚕は突出してすごいと思いました。お蚕さんの食べる桑や、使われる道具、温度・湿度の管理、消毒、養蚕の記録に至るまで、徹底的に考えられ、配慮が行き届いています。
毎年、養蚕を続ける中で、多くの試行錯誤を重ねてきた結果が、今回の花井さんの繭に表れていると思いました。長い年月、驕らず、謙虚に、集中して、お蚕さんと向き合うことは難しいことです。しかし、花井さんの、日々の積み重ねを怠らない真面目さや、養蚕農家としての覚悟が、難しいことを可能にするのだと思います。

そうか。養蚕の技術をまったく知らなかった私は、花井さんの繭から「愛」を感じ取ったけれど、中島さんが見ると、もっと専門的に深いところが読み取れるのですね。美しい繭を生み出す難しさ、それを可能にする努力。

吉田さん 
ドキドキハラハラしながら、この連載を読んできました。ここまで詳しい養蚕農家さんのお仕事についてのレポートは、今まで読んだことありませんでした。想像していたのより、ずっとずっと丁寧で、厳しく、同時に情熱と愛情を感じました。私は、絹糸を扱いながら、何も知らなかったんだなあ。花井さんの『やりきった』という言葉、飼育の様子を知れば知るほど、ジーンときます。
花井さんの思い、仕事、知ることができ本当によかった。教えてくれてどうもありがとう!

あー、確かに。「やりきった」って、そうでなければ、なかなか言えない言葉です。桑畑の管理から始まった育蚕への全力投球。吉田さんの感動が創作の「泉」となって静かに湧き出で、輪になって広がってゆくようです。


■花井さんのこれまでの目標

花井さんは、養蚕農家になる前の会社員時代から趣味で織りを習っていました。そのため「養蚕を続けていく過程で、みずから育てた繭を使ってショールなどを織る」というのも目標のひとつでした

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現在70~90代の方の親世代にあたる、着物での生活が主だった時代、農家では、出荷できないくず繭や毛羽を使って糸紡ぎや織りをしていたといいます。
しかし、小規模養蚕農家のお蚕ファームでは飼育量が少なく、選除繭(せんじょけん)をなるべく出さないよう努めているため、選除繭の量が少ないので、上繭(じょうけん)を購入して、糸紡ぎや織りを行ってきたそうです。

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しかし、養蚕農家になって4年ほどたった頃から、花井さんは自分が上繭を使うことに少しずつ違和感を覚え始めました。繭の質というものが理解できはじめた頃だったといいます。

それと同時に、糸づくりや織りを生業とするプロの方々との出会いが幾重にもあったそうです。良い糸にするために、良い布に仕上げるために、日々努力を重ね、魂を吹き込むように真剣に糸や織りと向き合う方々。「農家さんが育てた繭は、今とても貴重なものです。がんばって続けてくださいね」と異口同音に声をかけてくれました。

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そんな言葉に導かれ、「養蚕農家が育蚕や畑仕事で大変なこともあるなか、一生懸命にお蚕さんを育てるのは、糸や布になったとき、それが最高なものになるよう上質な繭を仕上げるため。」花井さんは思い至りました。

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「昔の農家さんは、繭が貴重な収入源だったこともあり上繭は出荷という選択肢しかなかったと思うので、必然的に糸を紡ぐのはくず繭や毛羽となったのだと思いますが、もし上繭が使えたとしても、自分が精魂込めて育てた上質な繭は、やはりその繭質を最大限に生かしてくださる方々の手で最高なものに仕上げて、誰かのもとで長く長く愛されて欲しいと願ったのではないかと、勝手な想像ですが、そう思うのです。」

花井さんが、自ら手掛けたいと目を向けたのは、昔から農家が織物に使っていた毛羽と選除繭でした。


■「艶はないけど強くて元気」な毛羽

第13回の「収繭」作業で「まゆエース」の機械を使って繭から取り集めた毛羽。毛羽は、お蚕さんが営繭時に足場糸として一番最初に吐く糸をいい、繭の部分と毛羽(足場)では、お蚕さんの糸の吐き方も違うそうです。「きびそ」の前段階にあたる糸だということまでは、前にお話ししたとおりです。

⑧毛羽

お蚕さんは毛羽を足場にするため、何度も糸をくっつけて固くするのですが、このくっつける役割をするのがセリシンという粘着性のあるタンパク質です。そのため、毛羽のセリシンはなかなか取れず、紡いでも精練(せいれん)しても繭からの紡ぎとは質感が異なり、ほんの少しゴワゴワしているのが特徴になります。しかし最近、花井さんがいろいろと試した結果、思っていたより柔らかく良い糸になることが分かったそうです。

⑨毛羽

「通常の紡ぎ糸より艶はありません。けれど、この艶はないけど強くて元気な足場糸、なんか自分らしくてちょっと好きではあります」と花井さん。下写真の右は、毛羽を紡いだ糸を楊梅(やまもも)で染色したもの。

⑩毛羽と毛羽の糸

「昔と毛羽取り機が変わり、毛羽から糸が紡ぎにくくなったけど、精練の塩梅を含め、より良い手法を模索していきたい」と花井さんは語ります。

■選除繭に寄せる「これからの目標」

同じく第13回「選繭」でご紹介したように、繭には出荷できる「上繭」と、出荷基準に満たない「選除繭」があります。
さらに選除繭は正確にいうと2種あり、「二等繭」という専用の製糸工場への出荷対象になるものと、本当に出荷できない「くず繭」があるそうです。

花井さんのお蚕ファームがある地域でも、昔は織りを教えてくれる伝習所が2軒あったというほど、織りが盛んだったそうです。そんな農家さんのなかで、特に織りの腕があった方たちは、「二等繭」を製糸した絹の反物を織って、農賃加工という織り賃をいただいていたとのこと。

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出荷後、最後に農家さんの手元に残った毛羽やくず繭は、量が少ないこと、そして絹の着物はやはり高級品だったので、かつては町内や村内で結婚や出産など、おめでたいことがあったとき、皆で紡いだ糸を持ち寄って、織りの上手な方が絹の反物に仕上げ、お祝いに渡していたそうです。

ちなみに農家の自家用着物は、主に木綿や自然植物の様々な綿で織られることが多かったとか。桑の木の繊維で学生服を母親に織ってもらったという話を、花井さんはこれまで地元の何人かのおじいさんから聞いたそうです。

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養蚕指導の先生や近所のおじいさんたちから聞いた話は、貴重な昔話であり、また花井さんの背を押してくれています。

「くず繭」は真綿にして紡げば、時間がかかるけれど、毛羽よりは上繭の紡ぎ糸に近い質感が得られるとのこと。

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上の写真は、藁灰汁で2時間炊いた繭をほぐして角形に広げた真綿。

20.紡ぎ糸(栗)

上写真は、花井さんが紡いだ糸を栗で染めたもの。お蚕ファームの栗です。

「私はこれから紡ぎや織りは、昔の農家さんのように、できるだけ毛羽や選除繭を使おうと思います」と語る花井さん。これからの目標は「お蚕さんが残してくれたものを最後まで大切に使わせていただき、それもひとつの糧として、これからも養蚕農家を続けていきたい」ということだそうです。

今、花井さんは次なる2021年春蚕の飼育真っ最中。私たちは育蚕期の合間を縫って染織をいそしむ、養蚕農家さんの作を、気長に待ちたいと思います。

いつかこのnoteで、ご紹介できるといいな、と思っています。

■花井さんから中島さんへバトンタッチ!

「お蚕さんを育てる農家、精魂込めて糸にする方、織られる方、そしてそれを長く長く愛してくださる方。ここまで揃って初めて、いただいたものへの感謝を示せるような気がします」と考える花井さん。
2020年晩秋繭の「上繭」は、糸づくり担当の中島さんに託されました。

次回から、とうとう「糸づくり篇」に突入します。
あの美しい繭から、どのような糸が引き出されるのでしょうか。

毎週月・水・金曜日にアップする本連載、次は5月17日(月)にお会いしましょう。


*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。



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