レバノンにおける通信機器爆発事件について
佐藤丙午(拓殖大学海外事情研究所長・教授)
2024年9月19日と20日に連続で、レバノン及びシリアの一部でヒズボラを標的にしたと思われる爆発事件が連続した。この事件では、17日の爆発ではポケベル(Pager)、そして18日の事件では無線通信機器(Walky Talky)が爆発し、これらを受けて開催された20日の国連安全保障理事会の緊急会合では37名が死亡したと報告されている(負傷者は3000人規模とされている)。
この爆破事件の詳細については、その被害の状況や、だれがこの爆破事件を仕掛けたのか、さらには今後この問題がどのように波及するかは不明である。ただ、この爆破事件の方法、さらには爆発した無線通信機器の一部が日本製(本社が大阪市平野区にあるICOM)であったことなどから、日本国内でも大きく注目を集めている。
この爆破事件では、注目すべき点が複数存在する。今後事件が解明され、事実が明らかになることもあるが、まずは初期の分析と感想を述べてみたい。もちろん、人命の喪失に至った事件であり、それに対する複雑な感情を軽く考えるものではない。ただ、戦争の将来という観点から、今後留意すべき点を抽出することには、大きな意味があると考える。
第一に、日本国内で注目を集める問題として、爆破事件に日本製の機器が使用されたことがある。この問題では、ICOMをめぐる論点として、①製造段階で爆発物が組み込まれており、ICOMに大きな責任がある、②ICOMの製品自体が、何らかの操作によりバッテリー等が爆発するという脆弱性を持っていた、③ICOMの製品が海外で何者かに改編され、中古品として現地に持ち込まれた際に操作可能な爆発物が組み込まれた、そして④ICOMの製品を装った模造品(ICOMのロゴを利用した、あるいはICOM製品のフレームの再利用)である、などが考えられる。
ICOMもこの問題を真剣に捉えているようで、全ての可能性を検討しており、同社のHPに継続的に掲載されている事実解明(以下第三報:https://www.icom.co.jp/news/8110/)では、上記の①と②の可能性は皆無であるように見える。レバノン政府の発表でも、無線通信機器の模倣品が国内に持ち込まれた事実を紹介しており、③あるいは④の可能性を疑っていることがわかる。この問題では、日本製品が使用されたことを過度の問題視する主張がみられるが、民生品や技術などを中心に、日本製品が何らかの形で戦闘やテロに使用された例は数多く存在する。ここで、「日本製の製品」の原罪論を唱えるのは間違いである。
では、第二に、だれがそのような工作を行って、ヒズボラの「戦闘員」を標的にしたかである。これは、爆発物を仕掛ける工作を、どの段階で行ったのかという問題も含まれる。もちろん、通常のバッテリー等が爆発するように外部から操作する技術が存在する可能性はあるだろう。ただ、現状の技術状況を見る限り、マルウェアを仕掛けて熱暴走や誤作動を引き起こすことは可能かもしれないが、それだけで映像に見られるような爆発を引き起こせるようには、現時点では思えない。
となると、ヒズボラ等の「戦闘員」を狙った標的殺害である可能性が高く、それを実施する蓋然性がある外部勢力となると、レバノンと中東和平やガザ戦争などで対立を抱えるレイスラエルが疑われるのも当然なのかもしれない。ただ、もしイスラエル軍あるいは諜報機関の関与する作戦だとすると、①ヒズボラの「戦闘員」に対し、遠隔で爆発させる機能を付加したポケベルや無線通信機器が渡るように工作した、②ヒズボラの「戦闘員」に当該製品が渡ったことを知り、それら製品に対して「後で」爆発物を仕掛けた、③当該製品を広範に拡散させ、必要な時と場所を選んで爆発させた、などの可能性が考えられる。
レバノンでは、WiFiへの接続や、他の通信機器が爆発する可能性などの社会不安が広がっているとされ、今回の攻撃方法の詳細の解明は緊急に必要なものとなっている。つまり、通信機器を利用した攻撃のインパクトがそれだけ大きい、ということである。
爆発事件について留意すべき問題の第三に、このような活動の国際法上の問題がある。国連安保理の緊急理事会でも繰り返し指摘されていたが、今回の爆発事件がイスラエルによる攻撃であるとすれば、国際人道法に対する違反になる可能性がある。もちろん、ガザ戦争に便乗するように、ヒズボラがイスラエルに対する攻撃を行っていたという状況は踏まえる必要がある。また、イスラエルはジュネーブ諸条約のうち、ジュネーブ4条約には署名・批准しているが、第一および第二追加議定書には署名もしていない。
ただし、一般的に受け入れられている国際人道法の原則として、今回の爆発事件は武力行使の必要要件とされる、区別制や比例制の原則を満たしていないように見える。もちろん、爆発事件自体が、どこまで国家責任の対象となるかは不明であるが、秘密工作等で今回のような事件を引き起こしたのであれば、国際社会はこれをテロ事件として扱う必要があるだろう。
最後に軍事的な問題に触れたい。実は、通信機器を含め、個人が「身につける」装具や保有する機材を標的にする攻撃は、将来の戦争の一つの姿として想定されていた。これはガザ戦争などでも実施されているが、戦闘員の場所をピンポイントで特定する方法により、戦闘員だけを標的殺害することが可能になる。
その場合、攻撃を意図する側は、殺傷力を最小限に抑えて、付帯被害を減らすことができる。たとえば、個人が保有するスマホなどの機材情報とその位置情報を把握し、個人の行動をリアルタイムにモニターできれば、攻撃の効率は飛躍的に向上する。逆に言うと、ヒズボラの「戦闘員」は、ガザ戦争の実態をよく理解していたからこそ、ポケベルとトランシーバーによる通信を選択していたののだろう。
もう一つの問題が、標的を殺害する方法である。今回の爆発事件では、パッテリーの爆発は別として、何らかの爆発物を仕掛けているように見える。標的を殺害することができる爆発物の規模と、爆発するタイミングを特定するのは、非常に難しい。爆発物を仕掛けられた器材が、人間の生き死ににかかわる場所にあることを判断することは、もし位置情報が把握できていたとしても、確実性は低いだろう。もし確実性の低さを前提とするのであれば、①個別の機材に付加した爆発物の規模を大きくするか、②相手の行動把握が確実にできる体制を構築するか(それこそ、標的の一挙手一投足を監視し、爆発させるタイミングを選択する)、③無差別に攻撃することで、殺害ではなく恐怖の感情を与えることだけを目的とするか、④相手に通信機器やネットワークに関する疑念が生じるようにし、別の方法を採用するように誘導することを目的にする、などが考えられる。
以上、通信機器の爆発事件を受けて、四点議論した。もちろんこの問題は、ここであげた点以上の問題があると考える。本コメンタリーで上げた論点は、イニシアルなりアクションとして理解してほしい。ここに地域事情などを加えると、さらに深い分析が可能になるだろう。今後の実態解明に期待したい。