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クラカフ(その一)<旅日記 第34回 Oct.1995>

アウシュビッツで出遭った男2人

「ドン、ドン、ドン」。

 ホテルの部屋の扉をノックする音で目を覚ました。


[写真は、クラカフのホテルの部屋からの眺め]

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 ドアを開けると、ニカッと笑みをたたえた男二人が立っていた。

 アウシュビッツの強制収容所で出会ったオーストラリア人とアイルランド人の2人だ。かれらとは前夜、アウシュビッツから一緒に電車に乗ってクラカフに来て別れた。

 きょうも会うという約束をしたのか、朝早く、ホテルの部屋にまで直撃されてしまった。

 わたしは、クラカフと首都ワルシャワ、バルト海に面した造船所のあるグダニスクの3つの都市を訪れるつもりでポーランドにやって来た。この中でクラカフは、中世ポーランドの古都というだけあって、ポーランドでもっとも美しい町並みが残っている。

けれど、街は寒くて寒くて。大衆食堂に逃げ込む。

 しかし、どんよりと曇った晩秋は寒くて暗い。

 3人で街歩きをしたが、街も灰色一色に見え、観光気分は減退する。お昼の時間よりかなり早かったが、大衆食堂に入った。

 アウシュビッツからいっしょの2人のうち、オーストラリアのほうはNECのエンジニア。アイルランドのほうは、英語の教師としてチェコに来ているという。高卒であるが英語教師として日本でも受け入れてくれないだろうかと話していた。

「お昼は終わったよ。混んできたし出ようよ!」

お昼はとっくの前に食べ終わったが、1時間以上、居座っている。

 狭い店なのでお昼でかなり混んできた。席を空けなければ。

「そろそろ、出ようよ」

「外は寒いよ。ここは温かい。もっと、ここに居よう」

「ダメだよ。お客さんがいっぱい並んでいる」

 二人はなかなか腰を上げてくれなかったが、ようやく外に引っ張り出すことができた。

アイルランド人と私の口喧嘩

 どれだけかしてから、アイルランドの若者は、店内にカメラを置き忘れてきたことに気づいた。

「キミが急がせたせいだ!」

「アイルランド人はのんびりとし過ぎるよ!」

「日本人は急ぎすぎる!」

「いや、僕のせいじゃない。きのうだって、電車の切符を無くしたじゃないか」

 かれは、その前夜、アウシュビッツからクラカフに戻る汽車の中で車掌が回ってきたとき、切符が見つからず、始発から終着までの全区間分の運賃を支払わされている。

 われわれ2人が切符を見せ、いっしょに買ったんだと抗弁しても車掌は聞き入れてくれなかった。

 それにホテルの部屋に帽子も忘れてきたというから、わたしは呆れ、毒のあることばを放っていた。

 食堂に戻ったが、カメラは無かった。かれはしょげていた。

 「いつか日本に来たら、小さいのでよければ僕のカメラをプレゼントするよ。キャノンでもニコンでもいくつか持っているからさ。だから日本に来いよ」。

夕方には、お互い、昼間のケンカを忘れていた。

あす、ワルシャワに行こう!

あす、ワルシャワに行こう。西ヨーロッパでは3か月間、1等列車に乗り放題のユーレールパスは、イギリスと旧東欧では使えない。今夜のうちに駅に出掛け、切符を買っておこう。

夜の駅でステキな出会いが待っていた。
                (1995年10月29日 )

           「てらこや新聞」117号 2015年 01月 14日

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